(投稿:by 僻地の産科医)
医療崩壊 ~医師不足を切り口に~(1)
nikkei BPnet 2009年1月1日
(1)http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081226/122030/
(2)http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20081226/122030/?P=2
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昨今声高に叫ばれるようになった「医療崩壊」を医師不足という観点から照射し、崩壊の原因と課題、そして解決策を3回に分けて探る。まず第1回では問題の所在と課題を明らかにする。第2回では現地現場で見聞きしてきた医療現場の現状を紹介し、第3回で提言を提示する予定だ。
問題はどこにあるのか ~医師不足の議論~
医師は不足しているのか、それとも足りているのか。今まで様々な議論がなされてきた。各県一医大(各県に必ず医科大学を1つ創設する)構想や私立新設医学部の急増により、一時は医学部入学定員が大幅に増やされたが、その後、医師過剰が危惧されたため1984年以降、医学部の定員が最大時に比べて7パーセント減らされた。昨今、以下に示す新臨床研修医制度の影響などで医療の場においては、医師の不足が大きく叫ばれるようになってきている。
医師不足の議論は、絶対数の不足、医療機関での必要医師数の不足、都市・地方の地域偏在による不足、診療科毎の医師数の不均衡などに分類できる。これらの議論に大きく関わってくるのが、医師の教育体制である。医師の養成から就職にまで強い影響力を持つこの教育体制は、医局講座制と呼ばれている。医局講座制とは何なのか? まず、そこから見ていこう。
医局講座制とは?
医師不足を考える際に、避けて通れないのが医局講座制である。
従来、医師は大学で6年間の教育を受けた後に、自分の専門領域を選択し、「医局」と呼ばれる組織に入る。医局とは、大学教授を頂点として、准教授、講師、助手などの序列を持った組織であり、大学院で博士号を取得する際にも、また、病院に就職する際にも、大きな影響力を持つ。
すなわち、医師は、医学部での教育を受けるときから、その後、専門性を高めるために研究するときにも、またさらに、就職先を考える際にも、医局の影響力下で決めなければならない。いわば、医師は自分の医師人生を医局に委ねるような形となる。
このように、医局は医師の人事権を掌握しているため、「医局の病院支配」と呼ばれる状態が今まで大学側の医局と関連病院の間で続いていた。昔から、病院は経営の中心を担う医師の獲得に苦労してきた。そのため、安定的に医師の供給を得るために、医局に対して、いわば「永代賃貸契約」を結んできた。大学の医局側は、必ず医師を供給するかわりに契約金ともいうべき「上納金」を集めていた時期もあった。
医局講座制の利点としては、次の3点が挙げられる。
1. 研究の中心として機能し、知識の集積ができる
2. 経験豊富な医師から若手へ連綿とした技術の継承と蓄積ができる
3. 関連病院への医師の安定供給ができる
他方、欠点としては、次の3点が主なものとして挙げられる。
1. 研究重視、臨床軽視の風潮になりやすい
2. ヒト・モノ・カネの流れが不明瞭である
3. 医師から、就職先選択・居住地域選定・自由を奪う
医師不足の原因は?
それでは、改めて医師不足の原因は何にあるのかを考えてみよう。大きく分けると以下の3点が考えられる。
(1)従来より絶対的な医師数が少なかった。
わが国の人口1000人当たりの臨床医数は、OECD加盟国の平均3.0人(2005年)より低い2.0人(2005年)しかおらず、医師の絶対数は不足していると言える。このような、ベースラインとしての医師数不足に対して、以前から、大学卒業直後の若手医師の劣悪な研修環境や労働環境で吸収してきた歴史があった。
1946年(昭和21年)に創設された実地修練制度(いわゆるインターン制度)では、大学医学部卒業後、医師国家試験受験資格を得るための義務として、「卒業後1年以上の診療及び公衆に関する実地修練」を行うこととされた。これは、大学医学部を卒業後1年の間、医師としての身分のないまま診療行為に参加し、無給で何の保障もなく、違法と知りながら医療行為を行わねばならないことであった。
それが「インターン闘争」などの社会問題となり、1968年(昭和43年)に、実地修練制度が廃止され、臨床研修制度が創設された。これは、大学医学部卒業直後に医師国家試験を受験し、医師免許取得後も2年以上の臨床研修を行うように努めるものとする(努力規定)ものであり、これにより、大学卒業後すぐに医師国家試験を受けて医師免許を得ることが可能になった。
こうして研修医は医師としての身分の保障はなされたが、依然として労働面や給与面での処遇には問題が多かった。
すなわち、もともと正規スタッフとしての医師数の絶対的な不足を、大学の医学部教授を頂点とした医局が、過酷で無休・薄給の労働環境を研修医中心とした若手医師に強いて、今まで対応してきたのだといえる。前述の通り、医局は、今まで医学教育のみならず、医学研究、医師のキャリアのすべてに強大な影響力をもたらしていた。
(2)新医師臨床研修制度をきっかけとする医局制度の崩壊
2004年(平成16年)4月1日にスタートした新医師臨床研修制度は、プライマリ・ケア(初期診療)を中心とした幅広い診療能力の習得を目的として、2年間の臨床研修を義務化するとともに、今まで薄給であった研修医に適正な給与の支給と研修中のアルバイトの禁止などを定めた。この制度では、若手医師が研修先を自由に選べるようになったため、従来の医局の影響力が低下した。
この教育制度の変化は従来の医局制度を破壊するインパクトとなり、様々な影響を及ぼしつつある。
マッチング制度(*1)の導入によって、研修先を自由に選べるようになった結果、研修医は都市部へ集中し、地方の医師数は(病院数および患者数に対して)決定的に不足する事態を生んでいる。さらに、今までは研修医の収入源として、行われていた研修医の当直や外来診療行為のアルバイトが禁じられたことで、夜間および休日の当直業務を行う医師の確保が非常に困難となっている。
都市部に研修医が集中したことにより、今までのように、研修医を多く抱えることのできなくなった大学病院(主に地方)が人手確保のため関連病院へ派遣した医師を引き揚げ始めており、人口過疎地では医療そのものが成り立たなくなるなどの問題も出始めている。
また、新医師臨床研修制度により、新任医師は志望科にかかわらず多くの科をローテーションするようになった。しかし、志望科にかかわらず、半強制的に各科を研修するため、教える側と教わる側の意識・意欲のギャップが生ずることもある。
加えて、新制度に対応した研修方法が施設によっては確立されていないため、本来の目的である幅広い診療能力の習得とはかけ離れた研修が行われているのが現状である。また、専攻科を選択する前に医療現場の現実を目の当たりにするため、過重な労働を強いられる専門科や訴訟リスクの高い専門科を医師は選択しなくなってきた。
*1:マッチング制度:研修希望者と研修病院をコンピュータでマッチさせる仕組み
(3)医療訴訟の増加
近年では、医療行為上の過失につき刑事責任を問う刑事訴訟が注目されている。帝王切開手術を受けた産婦が死亡したことについて、手術を執刀した産婦人科の医師1人が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕された福島県大野病院産科での医療事故(2006年2月18日逮捕)などがその最たる例だ。統計的には医療行為上の過失が刑事事件として立件されるケースは近年大幅に増加しており、大きな議論を巻き起こしている。
医療訴訟の事件数は、全国の新受件数で見ると、1996年度(平成8年度)には575件(全民事事件数:14万2959件)であったのが、平成16年度には1110件(13万9017件)に増加した。しかし、2005年度(平成17年度)には前年度比で1割程度減少し999件、2006年度(平成18年度)も912件と2年連続で減少傾向である(厚生労働省審議会資料による)。
医療訴訟の平均審理期間(第一審裁判所で、訴えが提起されてから、判決や和解などで事件が終了するまでの期間)は、全国データで1996年度には37.0か月(3年1カ月)であったのが、2005年度には26.9か月(約2年3カ月)となっており、事件数の増加にもかかわらず、審理期間は短縮されていることが分かる。ただ、一般の民事訴訟の平均審理期間が2005年度8.4カ月であることと比べると長い時間を要する訴訟である。
医師にとって訴訟されるということは、精神的にも肉体的にも非常にダメージをもたらす。医師人生を左右するような訴訟を回避するために、訴訟リスクの低い専門科を若手の医師が選択することは、人情として理解できる。
医師不足の悪循環
もともと絶対的なマンパワー不足であった医師の現場は、医局制度の求心力の低下とともに、問題が表面化してきた。そして、現場では少ない医師数を補うために、現場の医師が、当直回数を増やしたり、出勤日数を増やしたりして、自身の労働環境を更に悪化させて対応しているが、これは抜本的対策とはいえず、精神論的に対応し、力尽きた医師のフォローに残りの医師が対応する悪循環が続いている。(つづく)
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