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(投稿:by 僻地の産科医)
エマージェンシーケア 2008年11月号からo(^-^)o ..。*♡
特集は救急医療現場における暴力とその対応です!
ぜひお手許に一冊。
ではどうぞ ..。*♡
医療現場における患者からの暴言に対する法的対応
弁護士法人 後藤・太田・立岡法律事務所
中村 勝己
(EMERGENCY CARE 2008 vol.21 no.11 p1092-1097)
はじめに
救急医療は,産婦人科と並んで,まさに医療崩壊の最前線にある.医師不足で閉院を余儀なくされる医療機関がある一方で,救急患者が2次・3次救急医療機関に集中し,救急分野における医療従事者は精神的にも肉体的にも疲弊している.さらに予算も人員もギリギリの状況で支えられている救急医療の現場において,患者からの暴力・暴言の問題が顕在化してきたことにより,救急医療の崩壊が一層進んでしまうことも危惧している.
そこで本稿では,医療従事者が暴力・暴言を受けた場合にどのような対応を取ればよいか.暴力・暴言の背景から考える具体的な対応策を含めて,法律家の立場から述べる.
患者からの暴力・暴言に対する対応策
患者からの暴力・暴言がどのような犯罪に当たるかは,表1に記載する通りである.
患者からの暴力・暴言に対して,毅然とした対応をすること,医療従事者個人で対応するのではなく組織として対応することの必要性は,多くの法律家が指摘するところである.これらは,ホスピタルガバナンス(病院統治)やコンプライアンス(法令遵守)に通じるものである.
毅然とした対応
クレームを付ける患者を優遇することは.会社が総会屋に利益供与を行うことと違いはない.「待ち時間が長い」といってクレームを付ける患者を優先的に診察ヤ礼ば.次回以降,この患者はクレームを付けれは優先的に診察してもらえると思うであろう.取りあえずその揚が収まればよいという発想で患者を優遇することは,問題を先送りするだけである.
しかし,毅然とした態度で対応するといっても,身の危険さえ感じる状況で,個人レベルでそれを行うことは現実には決して容易ではない.「毅然とした態度で対応する」ことと「組織として対応する」ことは表裏一体である.
組織としての対応
暴言・暴行対応マニュアル
患者や患者家族からの暴言・暴行に対するマニュアルを作成し,組織として対応することは,個人を守るためにもホスピタルガバナンス(病院統治)のためにも重要なことである.
組織対応の限界
器物損壊などであれば,病院の財産が損壊されるため,管理者である病院長名での被害届けが可能である.クレーム患者からの逆恨みや仕返しに対しても組織としての対応が可能である.
しかし一方で,表1に記載したように暴言・暴行の多くは個人に対する犯罪として行われる.脅迫・暴行などの場合には,脅迫や暴行を受けた個人が警察に被宮居を出すことになるが,この場合,逆恨みや仕返しを恐れて被害届を出さない例も多い.また,医療従事者個人が暴言・暴行の被害者となっても,自らに過失があるような場合には負い目を感じ,理不尽ともいえる要求に屈する場合があり,組織に報告しないことも多い.土下座をして事態が収まると考えれば,不本意ながらも土下座することもあろう.場合によっては.個人的に金銭要求に応じることもあるのかもしれない.
そのため医療従事者個人の問題としてではなく,組織にきちんと報告させ.組織自体で対応することは,前述の通りホスピタルガバナンス(病院統治)という観点からも重要であり,組織としての度量を示すことにもなる.
具体策
暴言・暴行に対して,組織として対応するためには,個人の負担を軽減する方策が必要である.具体的には,救急の受付,待合室など,脅迫・暴行が起こりやすい場所にビデオカメラを設置するなど,関係者の供述に頼らず,客観的証拠を確保できる体制を取ることが望ましい.暴行の場面がビデオ撮影されていれば,犯罪立証は容易となるし,不当要求をする患者や家族に対して心理的抑止効果を与えることも期待できる.
また,病院の姿勢として,医療従事者に対する理不尽な暴言・暴行,またはセクハラ行為に対しては,警察への通報,診療拒否などの厳正な態度で臨む旨の告知文書を院内に掲示することも有用である.個人の問題ではなく病院自体の問題として取り組む姿勢を示しておくことで,不当請求をする患者に対して,組織で対応することのアピールになる.また,個々の医療従事者にも背後に病院としての組織が控えてくれているという心理的安心感を与えることもできる.
患者からの暴言・暴力の背景から考える具体的対応策
患者や家族からの暴言・暴力といっても,背景にはさまざまな事情が考えられる.頭ごなしに不当要求をする患者だと決めつけて対応することは適切ではない.もちろん法治主義の下ではいかなる理由があろうとも,暴言・暴力に訴えることは不当であり.自己の生命・身体の安全を確保することが第一ではあるが,可能であれば,以下のように患者の背景事情を見極める態度も必要だと思われる.
医療従事者側に何らの落ち度もない場合
・酩酊患者が,理不尽な要求をするような場合,あるいはパーソナリティに問題がある患者が,理不尽な要求をするような場合
・患者が長時間待たされたことにクレームを付けるような場合
・セクハラ行為
このような場合には,毅然とした態度で対応すべきである.自己の安全やほかの患者の安全を確保するとともに理不尽な要求に対しては警察への通報を含めて対応すべきである.これはためらうべきではない.
医療従事者側に診療上の落ち度があるとは言えないが,患者側が不満を持つことも理解できる場合
・診察を待つ患者の近くで,医療従事者が大声で雑談をしていたり,嬌声を挙げたりして,患者の不快感を誘うような場合
・医療従事者の言葉遣いなどの接遇が,患者の不快感を誘うような場合
本当にそれが雑談であるのか,あるいは不適切な接遇と評価されるのかは別として,患者やその家族が不快感を抱くことはある.医療従事者は,この点に日ごろから留意しておかなければならない.本当に患者の近くで雑談したり,接遇が不適切であったのであれば,謝罪が必要である.
・採血や静江などにより,患者に手指の痺れといった症状が認められるような場合
・休日や夜間の容体急変時に,主治医が不在で当直医が対応したこと,あるいは主治医の到着が遅れたことに対して患者や家族が不満を抱くような場合
・1,2回の診察で確定診断に至らなかった場合に,ほかの医療機関で別の病名と診断され,患者が誤診であると不満を抱くような場合
これらの場合には,以下のような点を医療従事者がきちんと説明をすべきである.
「採血や静脈注射では,不可抗力として神経損傷などが起こり得る]こと.
「医療現場では,主治医が24時間365日病院に待機することはできず,そのために当直制度があり.当直医が責任を持って対応している」こと.
「医療は不確実な面があり,病気によっては.1,2回の診療では確定診断に至らず.経過を見ながらさまざまな検査を実施して診療を進めていく」こと.
医療従事者の過失があるものの,実際の被害はないか,あるいは軽微である場合
・別の患者の点滴を施行してしまったが,実害は発生していないような場合
・歩行介助中に転倒してしまったが,特に外傷などは発生していないような場合
過失がある以上は,事実を正直に説明し,謝罪する必要がある.
医療従事者の過失であるか否か争いがあるが,患者に被害が発生した場合
・術後の感染症,大腸ファイバーによる穿孔など,被害発生について,合併症か手技ミスか争いがある場合
この場合は,病院としての見解を正しく説明すべきである.必要であれば調査を行った上で調査結果を連絡することを説明すべきである.単に「合併症である」と弁明するだけでは.患者や家族は言い逃れと評価することも多い.必要に応じてカルテ開示も必要であろう.
医療従事者の過失が明らかで,患者に重篤な被害が発症した場合
この場合,経過の説明と謝罪は必要である.過失と思われるが確定できない段階では,確実に判明している事実を説明し,その上で,さらに調査をした上で報告することを説明するのが望ましい.医療従事者がいたずらに責任を回避する発言に終始すれば.一層患者の不興を招き、暴言、暴力.不当要求につながりかねない.
以上のように医療従事者側に何らの落ち度もない場合を除いては,病院としても説明や謝罪が必要と考えられるような場合もある.その場合に医療従事者が説明や謝罪をしようとしても,患者や家族が聞こうという態度さえ取らずに暴言・暴行を行う場合.あるいは説明や謝罪をしたにもかかわらずそれに納得せず暴言・暴行を行う場合には,組織として毅然とした態度で対応すべきである.
さらに医療従事者が謝罪していることに乗じて土下座や謝罪文の作成などを要求してくるような例もある.この場合.謝罪は必要であるが,土下座の要求に応じる必要はない.
また医療過誤であることを認める書面や謝罪文は.具体的な調査の結果,医療過誤が明らかとなれば作成が必要になる場合もある.このとき,調査不十分のままで謝罪文を作成すべきではないが,「調査をした上で,結果をきちんと報告する」ことを確約する書面を渡すことは構わない.
頻回の訪問や電話によるクレーム
表1の通り,脅迫や暴行に当たる行為を行う者に対しては,警察への被害届けも視野に入れた対応が可能であるが,脅迫には当たらないものの,日に数回~数十回に上るクレームの電話をしてきたり,頻回に病院に来訪し執拗に院長や担当医との面談を要求する例もある.
これらが頻回に繰り返され,病院業務に支障が生じるような事態に至れば,偽計・威力業務妨害罪に当たると考えるが,警察に被害届を出すためには証拠作りが重要である.頻回に電話をしてくるような場合には,できれば電話を録音したり,電話をしてきた時刻,会話内容をこまめに記録しておくことが望ましい.病院に来訪してくる場合も,来訪の日時や目的などを記録しておくことが望ましい.その際の会話の内容を録音しておくことも一つの方法である.
場合によっては,電話や面談の内容を後日の証拠とするために録音したり記録していることを患者側に伝えることが必要な場合もあろう.それで電話や来訪がなくなるのであれば,むしろ幸いである.
ちなみに.盗聴は当事者間の会話を第三者が無断で聞く場合であるので,当事者間の会話を当事者が録音することは盗聴には当たらない.
法的対応
診療拒否の通告
前述の通り,個人が被害届を出したことで,逆恨み,あるいは仕返しが危惧される場合には,組織全体で個人を守ることが必要である.
外来患者であれば,診療を拒否することも一つの方策である.口頭の通告で効果が期待できない場合には,内容証明郵便で診療を拒否することを通告する方法もある.応召義務(医師法19条1項)の問題はあるが,医療従事者を逆恨みしたり,仕返しする者について,ほかの患者や医療従事者の安全が確保できないことを理由に診療を拒否することは.正当事由に該当すると十分に解釈可能である.
入院患者であれば,院長による是正勧告を行い,それにも従わないようであれば,院長名での退院命令を出すことも考えられる.
なお,患者に対して診療拒否や退院命令を出す場合,そのことをあらかじめ保健所や監督官庁に報告しておくことが望ましい.
裁判手続き
上記のような方策を取っても,患者や家族による暴言・暴力,あるいは被害居を出した個人に対する逆恨みや仕返しがなくならない場合には.裁判所に対して,来院,面談,および架電禁止を求める仮処分などを申請することが考えられる.頻回の電話や面談要求をしてくる場合も同様である.
また,入院患者による暴言・暴力であれば、院長による退院命令を出した上で、病院からの退去を求める仮処分などを裁判所に申請する方法も考えられる.裁判で必ず申請が認められるとは限らないが,少なくとも病院の強い姿勢を示すことができるし,また,裁判所を介しての話し合いにより局面を打開する機会にもなり得る.
おわりに
院内における暴言,暴行,不当行為は一時的な流行りではなく,今後も恒常的に続くことを念頭に対策を講じる必要がある.法的手映きに従わない自力救済(暴言,暴行,不当要求)は法治国家では認められない.
最後に,厳しい状況にある救急医療の現場に踏みとどまり.救急医療を支えている医療従事者に改めて敬意を表したい.救急医療の崩壊を防ぐため,真摯に対応しようとする医療機関に対しては,医療機関側の弁護士としてもできる限り協力していきたいと考えている.
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