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(投稿:by 僻地の産科医)
世界規模で急速に広がるタミフル耐性化
国立感染症研究所インフルエンザウイルス室室長
小田切孝人氏に聞く
富田 文
日経メディカルオンライン
(1)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s001/200812/508948.html
(2)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s001/200812/508948_2.html
(3)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s001/200812/508950.html
(4)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s001/200812/508950_2.html
(5)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/s001/200812/508952.html
2008年の秋ごろから、一部の専門家の間で話題になり始めた「タミフル耐性」のインフルエンザウイルス。当時は、まだその脅威のほどはよく分かっていなかったが、世界保健機関(WHO)が調査に乗り出したところ、世界中に予想を上回るスピードで耐性化が拡大していることが明らかになった。
タミフル耐性インフルエンザウイルスの最新情報を、継続的にリポートしていく本企画。まず第1弾は、世界および日本国内に、耐性化ウイルスがどのように広がっているかについて、国立感染症研究所ウイルス第三部インフルエンザウイルス室長の小田切孝人氏に聞いた。
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国立感染症研究所ウイルス第三部インフルエンザウイルス室室長の小田切孝人氏
―― タミフル耐性株が出現し、問題が顕在化してきた経緯を教えてください。
小田切 2007年の11月ごろから、抗インフルエンザウイルス薬のタミフル(一般名:オセルタミビル)に強い耐性を示すA/H1N1亜型インフルエンザウイルスが、ヨーロッパ、特にノルウェーや北欧を中心に高頻度で確認されるようになりました。
WHOが、このタミフル耐性株が世界でどれくらい広がっているかを、各国に依頼して調査したところ、2007年後半から今年3月の調査では、世界全体での耐性株の出現頻度は16%でした。これが2008年4~10月には39%と、4割近くが耐性株になっていました。半年ほどで比率が倍増して、4割近くになったわけです。世界規模でタミフル耐性株が広がっていることは間違いありません。
―― タミフル耐性株は、現在、世界中にどのように分布しているのですか。
小田切 この図は、2008年10月14日時点で、世界でどれくらい耐性株が広がっているかをマッピングしたものです(図1)。赤色は、A/H1N1株のうち25%以上がタミフル耐性株だった国、濃いオレンジは10.0~24.9%、薄いオレンジは1.0~9.9%、黄色は1%未満です(灰色はまだデータが反映されていない国)。
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図1 国別に見たタミフル耐性A/H1N1型インフルエンザウイルスの検出率(2008年10月14日時点) WHOのホームページから引用。原図(jpgファイル)はこちら。
この地図にはまだ反映されていませんが、その後、南アフリカでA/H1N1分離株を100株規模で調べたところ、すべてが耐性だったと報告されています。セネガルでも100%、オーストラリアでも80%が耐性と報告されました。欧州諸国も大半の国が50%を超えています。
―― タミフル耐性とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
小田切 今、問題になっているタミフル耐性株は、タミフル感受性の株に比べて300~1000倍もの耐性を示します。ですからタミフルが効きにくいというレベルではなく、臨床的に言えば、タミフルが全く無効なインフルエンザウイルスと考えていいでしょう。しかも、今世界に広がっているタミフル耐性のA/H1N1型ウイルスは、感染力も強いので、今後、さらに拡大する可能性が高いと考えられます。
実は、これまでも、H1N1型、H3N2型、B型のそれぞれに、タミフルやリレンザ(一般名:ザナミビル)に対する耐性株が確認されていました。ですが、いずれもこれらの薬剤に暴露されたことによる「選択圧」で顕在化したもので、通常の株よりも感染力が弱いために、臨床上は大きな問題になることはありませんでした。ところが、先ほど100%だったと申し上げた南アフリカやセネガルが代表例ですが、今問題になっている耐性株が出現した国のいくつかは、これまでほとんどタミフルやリレンザを使用していない国なのです。つまり今回の耐性ウイルスは、薬剤の使い過ぎ(薬剤の選択圧)が原因で見つかったのではなく、これまでとは全く別のメカニズムで発生したものと考えられます。
別のメカニズムというのは、要するに「突然変異」です。インフルエンザウイルスは、元々非常に不安定なウイルスで、ヒトからヒトに感染が広がる過程で様々な突然変異が起こります。そのために、インフルエンザワクチン株は毎年見直す必要があります。
今回の耐性株は、自然発生的に起こった突然変異が、たまたまタミフルが作用する部分に入ってしまった。具体的に言うと、今回の耐性化には、ウイルスが持つノイラミニダーゼという蛋白質の275番のアミノ酸が、ヒスチジンからチロシンに置換したことが関与しています。ノイラミニダーゼは、インフルエンザウイルスが体内で広がるための酵素で、タミフルは、ここに作用しているのです。
―― タミフル耐性のウイルスは、今後、どのようなスピードで広まっていくと考えられますか?
小田切 アマンタジン(商品名:シンメトレルほか)の耐性化は急速でした。アマンタジンの耐性株は、03~04年ごろから中国を中心に広がったのですが、そこから2シーズン後には、ほぼ全世界に広がりました。今や、香港型(A/H3N2)の100%、A/H1N1の65%が、アマンタジンに耐性を示す状況です。このことを考えると、タミフル耐性も、1~2シーズンくらいでほぼ全世界に広がるのではないかと考えられます。
先ほども言いましたが、薬剤の選択圧で出てくる耐性株は、ほかの株よりも感染力が弱く自然消滅することが多いのですが、今回問題となっている耐性株は、自然発生的に起こった突然変異が原因ですから、通常の株と同じくらい感染力がある。そこが今回の大きな特徴で、だからこそ、このように世界的に急速に拡大しているのだと考えられます。
鳥取県でタミフル耐性株が突出して多い理由
世界的に広がっているA/H1N1型インフルエンザウイルスの「タミフル耐性」。諸外国に比べれば日本はまだ耐性化率が低いが、調べてみると、なぜか鳥取県だけ突出してA/H1N1型に占めるタミフル耐性株の比率が高かったのだという。その理由を、小田切氏に聞いた。
―― タミフル耐性株は、日本国内でも広がっているのでしょうか。
小田切 世界保健機関(WHO)の要請を受け、国立感染症研究所も、2007/08年シーズンから集中的に、タミフル耐性株の緊急サーベイランスを開始しました。全国76カ所の地方衛生研究所の協力の下、全部で1734株のH1N1型ウイルスについて遺伝学的検査と感受性試験を行い、その結果、全国の10都道府県から45株の耐性株が取れました(図)。
図 日本国内におけるA/H1N1タミフル耐性株の検出状況
頻度にすると2.6%で、諸外国と比べると圧倒的に低いという結果でした。日本は世界市場の約7割と、世界中で最もタミフル(一般名:オセルタミビル)を消費している国ですから、世界的に日本の耐性化の状況は注目されていたわけですが、これだけしか耐性がないのかと、非常に驚かれました。
次に、サーベイランスで取れた45の耐性株の内訳を都道府県ごとにマッピングしたところ、全国の10県に広く分散していました。ただ、多くは1~7%程度の頻度なのに、鳥取県だけが突出して37%と高頻度で耐性株が発見されました。
―― なぜ、鳥取県に多いのでしょうか。
小田切 鳥取県でだけタミフル耐性株が多く見つかった理由は、今のところ、よく分かっていません。少なくとも、サンプリングの対象となった病院は分散していましたから、サンプリングのバイアスではないようです。恐らく鳥取県では実際に、タミフル耐性株がある程度の割合で広がっているものと考えられます。
鳥取県で採取された耐性株の遺伝子な系統も調べられています。耐性株が検出された地点は、鳥取県の東部と中部で、東部では2008年の1月くらいから耐性株が見つかっていますが、この1月に取れた株は、遺伝子的にはハワイ系統に属する株が多くを占めます。ですがその後、2月や3月には、今度はヨーロッパで取れているのと同じ耐性株が多く検出されるようになっています。
昨シーズンの初め、マスコミでも報道された横浜市の5例の耐性株にも、両方の系統が入っていました。つまり今現在、日本全国に、遺伝的に異なる複数の耐性株が存在しているということになります。
―― 今シーズン、日本で問題になる可能性はありそうですか。
小田切 今シーズンに関しては、H1N1の流行規模に依存するでしょう。
過去10シーズンのインフルエンザウイルスの分離状況をみてみると、2シーズン続けてH1N1が流行の主流になったことはありません。昨シーズンは、A型ウイルスの約8割がH1N1でしたから、今年は主流にはならない可能性が大です。実際、まだ検体数は少ないですが、今シーズン、日本ではH2N3型とB型が多く検出されていますので、A/H1N1の流行は小さいものと見られます。今のところ、H1N1以外のA型や、B型のインフルエンザでは、世界的に見ても臨床上問題になるようなタミフル耐性株は見つかっていません。ですから、今シーズンに関しては、「A型だったらタミフルは使えない」というような事態が起きるとは考えにくいでしょう。
ただ米国では、今シーズン、A/H1N1型が流行する可能性が高く、タミフル耐性株の出現頻度も66.2%と既に高い状態です。今後、米国でA/H1N1耐性株の推移がどうなるのか、非常に注目されます。もちろん日本でも、耐性株のサーベイランスを引き続き行い、油断なく監視していくつもりです。
もし日本でもタミフル耐性株が蔓延したら…
ここまでの小田切氏の解説によれば、少なくとも今シーズン、タミフル耐性株がわが国のインフルエンザの臨床に影響を与える可能性は低そうだ。しかし来シーズン以降、日本でも耐性を獲得したH1N1型のインフルエンザウイルスが流行の主役になったら、どのように診療をしたらよいのだろうか。
―― H1N1の耐性株が欧米のように広がった場合、現場ではどのように対応すればいいでしょうか。
タミフル(一般名:オセルタミビル)が効かなければ、リレンザ(一般名:ザナミビル)を使うということになります。現在問題になっているH1N1のタミフル耐性株は、リレンザに対して、ほとんど例外なく感受性を維持しています。ですから、臨床的にタミフルが効果がないと感じたら、リレンザを使うという手順で対応が可能です。
タミフルもリレンザも、インフルエンザウイルスが産生する「ノイラミニダーゼ」という酵素を選択的に阻害するという作用メカニズムは同じです。でも、ノイラミニダーゼに対する作用点が異なります。産生するノイラミニダーゼの275番のアミノ酸が置き換わったことで、その立体構造に変化が生じ、タミフルは作用しなくなりましたが、ザナミビルの方は影響を受けず、問題なく作用します。しかしタミフルが効くかどうかを確認している間に、薬剤が治療効果を発揮する「発症後48時間以内の投与」というタイミングを逃してしまう可能性はありますが。
―― では、近い将来、「A型であればリレンザを使う」ということになるのでしょうか。
いいえ。基本的には、これまでと同様に、ワクチンによる予防が重要だと考えます。日本のサーベイランスで集められたH1N1の耐性株が、今シーズンのH1N1のワクチン株と抗原的にどれくらい似ているかを調べたところ、十分な相同性が認められました。つまり、今シーズンのワクチンは、タミフル耐性株に、非常に有効だというわけです。
ただし、H1N1に占める耐性株の割合がさらに増えてしまうようなら、これまでの治療戦略を考え直さなければならないでしょう。現状、臨床現場で使用する迅速診断キットでは、A型かB型かの判別はできますが、ソ連型(H1N1)か香港型(H3N2)かの区別はつきません。このままいけば、「A型には第1選択としてリレンザを」という戦略を検討しなければならなくなる可能性も否定はできません。
―― H1N1のタミフル耐性株との間に遺伝的な交雑が起こり、香港型(H3N2)までがタミフル耐性化するという可能性はありませんか。
H1N1でいくらタミフル耐性化が進んでも、そのことが、H3N2で耐性株が出現する確率に影響する可能性は低いと考えられます。ただ、それとは別の問題として、今回、非常に低い確率で運悪くH1N1がタミフル耐性を獲得としたのと同じように、H3N2でも突然変異でタミフル耐性株が出現する可能性は否定できません。
そうした意味でも、臨床医の先生方には、今後もわれわれが発信するインフルエンザウイルスの耐性化に関する情報に、ぜひ注意を払っていただきたいと思っています。
「臨床的にタミフルが効果がないと感じる」のは難しいですね。そもそも有病期間が1~2日程度短縮される、というのが効果である薬ですから。
日本人らしく、「タミフル耐性が増えているらしい」というワイドショーか何かの情報で、多くの患者さんが一斉に「リレンザにして下さい」と言いだす日が来るのでしょう。
投稿情報: 信州人 | 2008年12 月29日 (月) 21:00
そうそうo(^-^)o ..。*♡
「心配」ですもんね!
投稿情報: 僻地の産科医 | 2008年12 月29日 (月) 22:16