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(投稿:by 僻地の産科医)
臨床婦人科産科2008年11月号からですo(^-^)o ..。*♡
特集は 子宮内膜症治療の最前線−症状に応じた治療戦略
子宮内膜症の症状からみた治療法の選択
大分大学医学部産科婦人科学教室
奈須 家栄 楢原 久司
(臨床婦人科産科 2008年11月号 Vol.62 No.11 p1407-1411)
はじめに
子宮内膜症とは,子宮内膜あるいはその類似組織が子宮外でエストロゲン依存性に発育・増殖する疾患であり,生殖年齢女性の5~10%に発症するといわれている.子宮内股注病巣は一般的に骨盤内,特に子宮,卵巣,ダグラス窩腹膜,仙骨子宮靭帯および直腸に存往することが多い.頻度は低いものの,肺,胸膜,横隔膜,胆嚢,小腸,虫垂,膀胱,尿管,四肢などにも発症する.子宮内膜症の大部分は生命にかかわる疾患ではないが,主徴である疼痛と妊孕性の低下により,女性のquality of life (QOL)を著しく損なう.
子宮内膜症の治療は基本的に症状に基づいて行われるべきであり,治療目標は,
①疼痛の除去
②子宮内膜症病巣の消失
③挙児希望に対する不妊治療の3つである.
そこで,子宮内膜症を取り扱う際には,①疼痛の程度と性質,②挙児希望の有無,③器質的病変,④本疾患による不妊の有無などを客観的に評価して,患者の要望や長期予後を考慮し治療法を選択する必要がある.本疾患に対する治療法には薬物療法と手術療法があるが,いずれの症状を対象として治療するかで選択する治療法が異なってくる.不妊症には腹腔鏡下手術が優先し,疼痛には症例に応じて薬物療法と手術療法を選択することになる.加えて,卵巣子宮内膜症性嚢胞の存在も治療法を選択するうえで重要な因子となる.
実地臨床における子宮内膜症治療に際しては,European Society of Human Reproduction and Embryology(ESHRE)のガイドライン(2007)や日本産科婦人科学会の子宮内股症取扱い規約(2004)に沿った治療方針が望まれるが,薬物療法を選択するか,手術療法を選択するか,そのなかでどのような薬剤,術式を選択するかはそれぞれの症例により個別に対応する必要がある.本稿では症状・病状に応じた子宮内膜症に対する治療法について,基本的な考え方を概説する.
症状・病状による治療方針の決定
子宮内膜症と診断された患者は,その症状・病状により図1に示すごとく,
①月経困難症や慢性骨盤痛などの疼痛を主訴とする患者
②卵巣子宮内膜症性嚢胞を指摘された患者
③子宮内膜症に起因する不妊症を主訴とする患者
およびこれらのオーバーラップする患者に大別される.
これらの患者に対する治療目標は,①疼痛の除去,②病巣の消失,③挙見希望に対する不妊治療の3つである.子宮内股症の治療は手術療法(表1)と薬物療法(表2)に大別されるが,いずれの治療法を選択するかは,疼痛の重症度のみでなく,患者の年齢,挙児希望の有無,症状および進行期などを総合的に判断して決定する.重症例では内膜症に対する根本的治療が必要であり,しばしば薬物療法と手術療法の併用も必要とされる.
疼痛に対する治療方針
子宮内膜症に伴う疼痛は月経痛,性交痛および排便痛,腰痛,下腹痛などが多い.子宮内膜症患者の88%は月経困難症を自覚し,そのうち70%は消炎鎮痛薬を必要とし,消炎鎮痛薬を使用しても日常生活に支障をきたす重症例は18%である.さらに月経時以外の下腹痛・腰痛は46%,性交時痛・排便痛は30%に認められる.子宮内膜症患者の月経困難症は下腹痛,腰痛が主であるが,進行した症例では排便痛や下痢などの直腸刺激症状を認めることがある.また子宮内膜症患者では月経時以外にも下腹痛や腰痛などの疼痛を自覚することが多い.
子宮内膜症に伴う月経痛や慢性骨盤痛などの疼痛に対しては一般に薬物療法が第一選択となることが多い.非ステロイド系消炎鎮痛剤(non-steroidal anti-inflammatory drugs : NSAIDs)や抗ロイコトリエン受容体格抗薬を用いた対症療法,gonadotropin-releasing hormone (GnRH) agonist (GnRHアゴニスト),ダナゾール,低用量経口避妊薬,ジェノゲスト (17α-cyanomethyl 17β-hydroxy-estra-4,9-dien-3-one) などを用いたホルモン療法が行われる(表2).疼痛に対する薬物療法の有効性は高いものの,比較的早期の再発が多いことが問題となっている.
薬物療法で効果が得られない場合や副作用で薬物療法が困難な場合には手術療法が選択される.病巣の除去・癒着剥離を施行することで優れた鎮痛作用を認めたという報告も散見される. 開腹術・腹腔鏡下手術のいずれで行うか、根治術・保存手術のいずれを行うかは症例により個別の判断を要する.腹腔鏡下手術が可能な症例には原則として腹腔鏡を選択する.また除痛効果は一般に根治手術のほうが勝るが,若年者に好発する良性疾患であることを考慮すると,その適応範囲はきわめて限定される.
不妊症に対する治療方針
子宮内膜症に伴う妊孕能低下の機序は,
①卵管の癒着などによる解剖学的な異常
②嚢胞による正常卵巣の過進展・線維化による卵巣機能の低下
③病巣から腹水中に放出されるサイトカインやそれによって活性化されたマクロファージなどの炎症細胞による受精一着床の障害など多岐にわたる.
一般不妊検査で子宮内股症が疑われる場合は腹腔鏡検査が必須となる.腹腔鏡により子宮内膜症の確定診断,臨床進行期(Re-ASRM分類),卵管周囲・采の癒着などの評価を行う.同時に①卵巣・卵管の癒着剥離,②腹膜病巣の焼灼・蒸散,③腹腔内洗浄を十分に行う(図2).腹腔鏡下手術で子宮内膜症病変を可能な限り除去することが妊娠率の改善につながる.
GnRHアゴニスト,ダナゾール,プロゲスチンなどのホルモン療法が子宮内股症合併不妊症の妊娠率を改善するというエビデンスは認められていないことから,現在のところ子宮内膜症合併不妊症に対するホルモン療法は,治療期間中に自然妊娠する機会を奪うだけで推奨できない.
腹腔鏡時の腹腔内所見により,以下のような治療の選択が推奨される.
1. 軽症子宮内膜症(Re-ASRM stage Ⅰ,Ⅱ),卵管癒着なしまたは軽度
年齢,不妊期間,ほかの不妊因子の合併を考慮し治療法を選択する.年齢30歳以下,不妊期回3年以内,ほかの不妊因子の合併を認めない場合は,無治療でも妊娠が期待できるため,待機療法,タイミング療法をまず考慮する.3~6か月程度で妊娠が成立せず早期の妊娠を望む場合は,排卵誘発および人工授精併用排卵誘発による治療を行う.妊娠が成立しなければassisted reproductive technology (ART)を考慮する.
年齢30歳以上,不妊期間が3年以上に及ぶ場合,またほかの不妊因子合併症例では早期に排卵誘発,人工授精併用排卵誘発による治療を考慮すべきである.軽症でも卵管癒着が高度な症例では,早期にARTへの移行を考慮すべきである.
2. 重症子宮内服症(Re-ASRM stageⅢ,Ⅳ),卵管周囲の強度癒着
腹腔鏡施行時に可能な限り卵巣・卵管の癒着剥離,病巣の切除・焼灼を行う.チョコレート嚢腫が存在する症例では,嚢腫摘出または切開蒸散・焼灼を行う.無治療で妊娠する確率は低率であるため,早期の妊娠を望む場合は積極的不妊治療を考慮する.
37歳以下ではクロミフェン療法(人工授精併用)を3~4周期,引き続きゴナドトロピン療法(人工授精併用)を3~4周期行う.妊娠が成立しない場合にはARTを考慮する.
38歳以上の症例や手術により卵管機能の回復が期待できない症例,または臨床進行期IV期で35歳以上の症例では早期のARTを考慮すべきである.
IV期でも卵管癒着が軽度の症例,35歳以下の症例ではまず排卵誘発または人工授精併用排卵誘発による不妊治療を優先すべきである.
卵巣子宮内膜症性嚢胞に対する治療方針
卵巣子宮内膜症性嚢胞に対する治療は,嚢胞径によって取り扱い方針を決定するというのが一般的である.経過観察を選択した場合,破裂や悪性転化が生じる可能性,あるいは自然に縮小・消失する可能性がある.薬物療法(ホルモン療法)もしばしば行われる.また,手術を行った場合には術後癒若や卵巣予備能低下などによる妊孕性の低下,再発の可能性などが問題となる.嚢胞径が10cm以上では手術療法の絶対適応となる.嚢胞径が4~10cmの場合,結婚・妊娠の予定などを含めた患者の社会的背景も考慮に入れて,治療方針を決定することが重要である.
手術は原則として腹腔鏡下に行う.手術手技に関する詳細については,他稿を参照されたい.術前の薬物療法は手術侵襲を軽減させるという意見もあるが,術後の再発率を低下させるというエビデンスはない.また,術後の薬物療法についても再発を遅らせるという報告はあるが,再発率を低下させるというエビデンスはない.卵巣子宮内膜症性嚢胞を核出した場合の再発率は10~20%とされ,術後も定期的な経過観察が必要である.
ホルモン療法は卵巣子宮内膜症性嚢胞を若干ではあるが縮小させることが知られている.しかし妊孕性を改善する効果はなく,悪性化のリスクも回避できないと考えられるため,卵巣子宮内膜症性嚢胞という単独の因子に対しては薬物療法を選択すべきではない.
おわりに
子宮内膜症の症状・病状は多岐にわたる.たとえ同じ部位に子宮内膜症の病巣が存在していても,患者によって自覚する症状はさまざまである.また,患者の社会的背景によって,同じ症状・病状でも求められる治療法は異なってくる.加えて,本疾患は若年者に好発する慢性炎症性疾患であるため,結婚や妊娠などの患者の社会的背景に配慮した長期的管理が必要となる.本疾患の管理に際しては,本稿で概説した基本的治療指針に基づいたうえで,患者の年齢,重症度,既往治療の有無,患者の希望も含めて治療法を個別化することが必要となる.
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