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(投稿:by 僻地の産科医)
子宮内膜症の新しい治療戦略
鳥取大学医学部生殖機能医学准教授
原田 省
(日産婦医会報 平成20年12月1日 No.704号 p10-11)
問 子宮内膜症の症状は?
答 子宮内膜症は生殖年齢女性のおよそ10%に発生し、月経痛と不妊を引き起こし、quality of life を著しく損なう疾患です。内膜症患者の9割が月経痛を訴え、下腹痛や腰痛の頻度も高く、排便痛や性交痛といった内膜症に特徴的といえる疼痛もあります。一方、内膜症患者の約半数が不妊を訴えています。
問 子宮内膜症の治療は?
答 子宮内膜症の治療は、薬物療法と手術療法に大別されます。これをどういうタイミングでどのように組み合わせて使うかがポイントとなります。子宮内膜症治療の原則は、内膜症病変を可及的に取り除くあるいは消失させることによって症状の改善を図ることにあります。病変を直視下に観察して切除や凝固等ができることから内膜症の治療に最も有効なものは手術療法(特に腹腔鏡下手術)です。本症はエストロゲンに依存して発生・増殖することから、薬物療法としては血中エストロゲンレベルの低下とエストロゲン作用の拮抗を目的としたホルモン療法が行われてきました。
問 手術療法の効果は?
答 Sutton らは、Ⅰ~Ⅲ期の子宮内膜症患者74人を腹腔鏡下手術群(内膜症病変および仙骨子宮靭帯焼灼)と診断的腹腔鏡群に割り付けて術後の疼痛改善率を比較しています。この結果、腹腔鏡下手術群では疼痛が有意に改善されることが示されています(オッズ比4.97、95%CI1.85~13.39)。Abbott らの報告では、Ⅰ~Ⅳ期の子宮内膜症患者に対して腹腔鏡下手術(内膜症病巣除去術)を行った場合、術後6カ月での疼痛改善率は80%であり、診断的腹腔鏡群に比して有意に高いことが示されています。
また、内膜症のⅠ期およびⅡ期の不妊患者を対象に腹腔鏡下の病巣焼灼と軽い癒着剥離の効果を診断的腹腔鏡群と比較検討した成績では、病巣の除去が妊娠率上昇をもたらすことが示されています。
問 薬物療法の効果は?
答 現在、子宮内膜症に主として用いられているGnRH アゴニストの臨床治験成績をまとめると、治療後あるいは再来月経時には、およそ8割の患者において月経困難症をはじめとする疼痛症状や内診時疼痛といった他覚所見の改善が得られます。しかしながら、薬物療法による根治は難しく症状の再発が問題となります。
これまでに薬物療法が子宮内膜症合併不妊の妊娠率を改善するという成績は得られていないことから、不妊に対するホルモン剤の有効性については否定的です。
問 治療の問題点は?
答 手術および薬物療法ともにその有効性は認められているものの、最大の問題点は病変あるいは症状の再発・再燃です。多施設共同による研究成績では、薬物療法後の疼痛再発までの期間(中央値)はダナゾールで6.1カ月、GnRH アゴニストで5.2カ月といわれています。一方、腹腔鏡下レーザー手術後の症状再発までの期間は、19.2カ月と報告されています。これらのホルモン剤には副作用による投与期間の制限があるため、安全に長期間使える薬剤の登場が待たれています。
問 新しいプロゲスチンであるディナゲストとは?
答 本邦では、これまで有用な薬剤がなかったことからプロゲスチン療法はなじみが薄いと思います。ディナゲスト(ジェノゲスト)という19-ノルテストステロン誘導体のプロゲスチン製剤が内膜症治療薬として処方可能となりました。ドイツで行われたパイロット試験で、1日2の24週間の服用により子宮内膜症病変は縮小ないし消失し、R-AFS スコアが有意に低下することが示されています。本邦での第3相試験においても、24週間投与後の症状や他覚所見などの改善率は対照薬であるGnRH アゴニスト点鼻薬に劣らないことが証明されました。
問 ディナゲストの特徴は?
答 投与52週間の長期投与試験も行われ、症状の改善率は24週で73%であり、その後も上昇を続け52週時点では91%となりました。52週投与によっても、骨量減少が-1.7%と少なく、凝固異常も起こらなかったことから安全性が高いことが示されました。主な副作用としては不正出血が72%に認められましたが、出血の頻度は投与期間がのびるにつれて減少しました。投与前に不正出血がほぼ必発であることを患者さんによく説明しておく必要があります。
問 低用量ピル(OC)が子宮内膜症に伴う月経痛の保険適応を受けた?
答 OC はエストロゲンとプロゲステロンを含有しており、排卵および子宮内膜の増殖を抑制し、プロスタグランディン産生を低下させることで月経痛を改善させると考えられています。OC は経験的に月経困難症の治療に用いられていましたが、臨床的エビデンスは乏しいものでした。本邦において一相性OC(エチニルエストラジオール0.035mg+ノルエチステロン1mg)を用いた世界で初めてのプラセボ対照の無作為化比較試験が行われました。約100人の子宮内膜症患者を、実薬群とプラセボ群に無作為に割り付けました。月経痛は日常生活への影響と鎮痛薬の服用日数をスコア化して評価しました。その結果、OC の4周期投与がプラセボと比較して有意に月経痛を改善させ、鎮痛剤の使用量を減少させるという成績が示されました(図1)。ルナベルという商品名で処方が可能となりました。
問 ホルモン療法の選択法は?
答 子宮内膜症の疼痛に対する当教室の治療アルゴリズムを図2に示します。NSAIDs が無効あるいは効果が弱い場合は、ルナベルを選択します。これらが奏功しない場合はディナゲストあるいはGnRH アゴニストを適用します。両者の効果については同等ですが、副作用は異なります。GnRH アゴニスト治療が既に行われている症例や、重症例および再発などで長期間の薬物療法が必要な症例に対してはディナゲストが有力な治療手段となります。
薬物療法後に疼痛が再発した場合、あるいはチョコレート嚢胞を有する場合は、腹腔鏡下保存手術を優先します。術後に再発した場合は、OC を連続的に、休薬期間をおかずに投与する方法もあります。周期的投与が無効であった術後疼痛症例に、2年間の連続投与が有効であったと報告されています。当科では、3~4カ月間の連続投与を行って良好な疼痛コントロールが得られています。術後再発例にはディナゲストも新しい選択肢となりました。GnRH アゴニストのアドバック療法や低用量ダナゾール療法も行われてきました。直腸腟内膜症に対してレボノゲストレル含有IUDが有効であったという成績も報告されています。
薬物療法および手術療法いずれも単独で子宮内膜症を根治させることは困難であり、治療を選択する際には患者の年齢、症状、重症度、挙児希望の有無、既往治療歴などにより治療の個別化を図ることが重要です。
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