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(投稿:by 僻地の産科医)
政府が医師不足認める
―2008年重大ニュース(3)―
「医師不足深刻化」
キャリアブレイン 2008年12月28日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/19853.html
今年は多くのメディアで、医師不足による救急患者の受け入れ不能、診療科や病院の閉鎖、医師の過重労働などの問題が取り上げられた。全国医師連盟(全医連)の黒川衛代表は「『日本の医療体制はいつでも国民の健康を守ってくれる』という幻想が完全に崩れ去った一年だった」と振り返る。長年、医師は「不足」しているのではなく「偏在」しているだけと言い続けてきた厚生労働省も、今年2月に政府答弁書でようやく「医師不足」を認めた。文部科学省は来年度の医学部定員を693人増加し、過去最多の8486人とすることを発表。厚労省は「医師不足の一因」といわれる臨床研修制度を大幅に見直そうと、「臨床研修制度のあり方に関する検討会」を発足させた。
■不足を招いた要因は一つではない
医師不足は、多くの要因が長年にわたって複雑に絡み合い発生した問題だ。NPO法人(特定非営利活動法人)「医療制度研究会」の本田宏副理事長(埼玉県済生会栗橋病院副院長)はこう説明する。
「1983年の『医療費亡国論』以降、政府が医療費抑制策を主導し、医師養成数を削減してきた。この間、医療技術の高度化や高齢化などが進み、医療への需要が高まり、医師の業務量が増えている。一方で、こうした医療現場の実態が国民に伝わらないまま、2000年ごろから医療事故報道が爆発的に増加し、患者の医療に対する不信感が高まり、『モンスターペイシェント』による暴言や暴力などの被害も増加してしまった。いわゆる『コンビニ受診』の増加も、医療現場を疲弊させている」
医療技術の高度化・細分化とIT化も、医師一人当たりの業務量を増やし、医師不足に拍車を掛けているという。医師の過重労働問題に詳しい小児科医の江原朗氏は、こう話す。
「技術の高度化・細分化によって、医師の業務量と負担はさらに増える。例えば、10年前だったら治療できず亡くなっていたケースでも、医療の進歩によって患者を救うことができるようになっている。新しい治療法は、痛みや体へのダメージが小さいなど、患者にとって大きなメリットをもたらすが、医師が習得しなければならない技術と業務量は増える一方。さらに、一人の医師が技術を習得するまで、指導医の時間も大幅に割かれることになる」
医療機関のIT化も同様だ。江原氏によると、「IT化によって、管理者(経営者)や患者にとっては便利になった。しかし、それまで事務職員が行っていた業務の一部を医師が担当することになり、結果として医師一人ひとりの業務量は増えてしまった」という。
04年にスタートした新医師臨床研修制度も、医師不足を招いた要因の一つとされている。同制度によって、新米医師が研修先の病院を自由に選べるようになると、医局に残る医師が減少。「地域の医療に人材を供給する」という医局の機能が低下した。今年9月、千葉県の銚子市立病院がすべての診療を休止したのも、医局による医師引き揚げの影響が大きかったとされている。
厚労省は10月、同制度を大幅に見直そうと、「臨床研修制度のあり方に関する検討会」を発足させた。12月17日に開かれた第4回会合では、見直し案で「卒前・卒後教育を一貫して見通し、臨床研修の質を向上させる」「大学が担う地域の医師派遣機能を考慮しながら、医師の地域偏在や診療科偏在を是正し、医師不足への対応を行う」の2点を基本的な考え方として示した。早ければ10年度からの制度見直しを目指したい考えだが、同制度には「総合的な臨床能力の養成に役立っている」との評価や、沖縄、岩手、島根、埼玉など、研修医が増えている都道府県もあることなどから、見直しに慎重な意見も出ている。
医師不足の問題には「地域格差」のほか、「診療科ごとの格差」もある。多くの医療機関が医師の確保に頭を痛めているのが救急科、産婦人科、小児科などだ。厚労省が12月3日に発表した07年の医療施設調査によると、産婦人科・産科を診療科として掲げる病院数は前年比2.4%減の1344施設となり、1990年から17年連続で減少していることが明らかになった。小児科を掲げている病院数も前年比2%減の3015施設で、こちらも93年から減少が続いている。
全国医学部長病院長会議と臨床研修協議会が共同で行っている「臨床研修制度」についてのアンケート調査の中間集計では、現役の医学部生、初期研修医、卒後3-5年目の医師で「救急科」を志望する人は全体の2.2%、「産婦人科」も6.4%にとどまっていることが分かった。
これらの要因が複合的に重なり、「立ち去り型サボタージュ」と呼ばれる勤務医の退職が増えている。江原氏は、勤務医の労働環境が悪化した背景をこう説明する。
「医師が一人減れば、残った医師たちの負担はさらに大きくなる。しかも、診療報酬改定により、平均在院日数が短縮へと誘導されたため、急性期病床の回転率が高くなっている。以前であれば入院治療を続けていた患者も、今は急性期を脱すると退院する。従って、現在入院している患者全体の病状は以前よりも重くなっており、病床数は変わらなくても、医療従事者の業務負担は過重になっている。勤務医が退職する背景にはこうした環境の悪化がある」
本田氏によると、日本の医師数はOECD(経済協力開発機構)加盟各国の平均医師数と比べると約14万人も少ないという。
「OECD加盟国は、社会の高齢化を見据え、医療技術の高度化に併せて医師数を大幅に増やしてきた。日本も96年の約24万人から、2006年には約28万人と、10年間で約15%増えているが、人口1000人当たりの医師数は、OECD加盟30か国中27位と最低ランクだ」
政府が医師不足を認識し、約30年ぶりに医師増員の方針を示したことについて、本田氏は「医師増員の方向へかじを切ったことは喜ぶべきことだし、評価するが、世界一の高齢社会を支えるだけの医師数には遠く及ばない。医師を育てるためのマンパワーも不足している」と指摘。さらに、「政府が医師不足を認めているにもかかわらず、医療費・医師数増の政策に反対する勢力もまだまだ強い。医師不足問題を解消し、労働環境を改善するためにも、もっと現場から声を上げていかなければならない」と危機感を示す。
10月に東京都で起きた妊婦死亡問題を受け、厚労省の専門家懇談会は全国のNICU(新生児集中治療管理室)を現在の1万人当たり20床から25-30床に最大で5割増やすとした報告書をまとめた。しかし、NICUを増やすためには医師数だけでなく、看護師数も予算も全く足りていないのが実情だ。
■医師不足を解消するためには
厚労省は、昨年まで「医師は不足ではなく、偏在しているだけ」と言い続けてきたが、今年2月、「医師は総数としても充足している状況にない」との見解を示し、医師不足を認めた。文科省は、09年度の医学部定員を計693人増やし、総定員数を8486人とする計画を公表。総定員は、ピークだった1981―84年度の8280人を約200人上回り、過去最多となる。
しかし、本田氏は「東北大医学部の伊藤恒敏教授の試算によると、日本の医師数は現在約18万人足りないという。米国では将来の高齢化による医療需要増大に対応するため、医学部定員3割増が真剣に検討されている。日本も、これから団塊世代が高齢化を迎えることを考えると、700人程度の増員では実効性が期待できない」と指摘する。
全国医師連盟執行部の三輪高之氏は「日本の医療費はGDP(国内総生産)の8%。医師不足を解消するためには、この1.5倍あればよいのですが、少なくとも10%にまでは引き上げてほしい。先にお金(予算)を増やして、人数を増やして、初めてクリアできる。これが逆だと、今の歯科医師と同じ状態になってしまう可能性がある」と話す。さらに、三輪氏は看護師、事務職などコメディカルの増員を強く訴える。
「書類を下書きしてくれる事務職や秘書を増やしたり、看護師の業務領域を広げたりすることで、医師は本来の業務に専念できるようになる」
短期・中期的な解決策として、江原氏は地域の病院を集約化して拠点病院をつくることを提案する。
「施設と医師が一か所に集まれば、受け入れ不能やたらい回しなどの問題も解消できる。受け入れてくれるかどうか分からない病院が近所に何か所かあるよりも、ちょっと遠くても24時間365日“確実に受け入れてくれる病院”が一つある方が、患者にとっても医師にとってもメリットが大きい」という。
全医連代表の黒川氏は、「医療費抑制策を見直そうという動きは強まってきている。方向転換できる可能性は十分ある」と指摘。「多くの議員が日本の医療は限界に来ていると認識しており、機は熟している。医師不足問題を解消するためには、現場からさらに声を上げていかなければならない」と呼び掛けている。
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