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(投稿:by 僻地の産科医)
有限責任中間法人に移行
北海道大学産婦人科医局
透明性の高い,法律の保証する権利能力のある組織へ
(Medical Tribune 2008年11月20日(VOL.41 NO.47) p.68)
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/article/view?perpage=0&order=1&page=0&id=M41470681&year=2008
大学医学部の医局は研究や医師の育成拠点であると同時に,地域医療の要としての人材の供給源という重要な役割を担ってきた。しかし,その一方で,医局は任意団体であり,法的な裏づけがないことなどから,マイナスイメージが持たれやすかった。また,2004年に卒後臨床研修の必修化とマッチングシステムが導入され,研修病院を自由に選べるようになってからは,若手医師の医局離れが問題となっている。こうしたなか,北海道大学産婦人科医局は,4月に有限責任中間法人「女性の健康と医療を守る医師連合(Women's Health Integrative Network of Doctors,通称WIND:ウインド)」に移行した。半年が経過した今,WINDの常任理事を務める同科の水上尚典教授に医局の法人化の意味について聞いた。
医局は"戸籍のない団体"
医局は各診療科ごとに設置されている任意団体であり,法的な裏づけがなく,責任の所在が明らかではなかった。水上教授は「1例を挙げれば,医局運営事務のために女性のパートを雇用していたが,その給与の支払いにどこが責任を持つのかが明確ではない。アパートを1室借りる場合にも困難が伴う。医局費で物品を購入しても,それはだれの所有するものなのかが明確ではない。医局費管理においても預金は個人名でなされる。法的にはその預金は預金名義の個人に属することになり,不都合が生じる。それらはすべて,医局が法的に認められた団体ではないことにより派生していた問題である。"戸籍のない団体"ということであった」と振り返る。
では,法人格を得るということはどういうことか。同教授は「いわば戸籍を持つということであり,正式な種々の権利を有するようになることを指す。すなわち,医局が社会的に認知された権利能力のある組織になるということであり,また,責任を持って社会に組織としての声明を発信することができるようになることである」と捉える。そのうえで「WINDの発足は,従来の北大産婦人科医局が担っていた特に重要な役割を継続して行うことが可能となるよう,『透明性の高い,法律の保証する権利能力のある組織』への衣替えと考える」と言う。
医師不足に陥る
医局は十分に社会から理解されていない面があったものの,実際には大きな社会貢献を行っていたことを見落とすことはできない。「地域における医師の確保や医師の生涯教育を担当していた,と言っても過言ではない。医学部学生はつい最近まで,卒後は自分の希望する診療科医局に所属し,多くの関連病院をローテーションしながら研さんを積むことが一人前の医師になるためには必要であると考えていたし,そのようなコースを歩む医師が大多数であった」と水上教授は話す。
しかし,この図式は卒業臨床研修必修化により大きく様変わりすることとなった。同教授は「必修化導入の目的の1つに『医局(教授)の力の削減があった』と噂されている。以前から医師の偏在が問題となっており,厚生労働省はその原因を『医師が足りないからではなく,肥大化した医局(教授)の力が医師の流通性を阻害している』と考えたのかもしれない。その導入の大義名分は『全身を診ることのできるバランスの取れた医師の養成』であった」と話す。そして,卒後臨床研修必修化の影響について「『医学部が2004年春より6年制から8年制(最後の2年の給料は保証され,また医師の免許は有するが)となった』のと同様の影響をもたらした。すなわち,『2004年と2005年の2年間は医学部卒業生がいない』のと同様な状態となり,この2年間にもそれ以前と同様に現役を引退する医師がいるため,臨床現場はたちまち医師不足に陥った。ことに産婦人科は研修必修化以前から医師数減少があり,ぎりぎりの医師数で関連病院における産婦人科診療を維持していたため,診療を中止せざるをえない病院が続出した」と言う。
日本産科婦人科学会の調査によると,全国の大学病院に勤務する産婦人科医師数は2003年4月時点の2,039人から2005年7月には1,838人と201人(9.9%)減少し,大学関連病院に勤務する産婦人科医師数は3,112人から2,901人と211人(6.9%)減少した。その間に全国の大学関連病院数の8.1%に相当する82病院が分娩取り扱いを中止し社会問題となった。研修医への教育担当医師確保のため,大学関連病院などからの医師の引き上げが問題となったが,「この調査から,少なくとも産婦人科ではそのようなことはなかったことがわかる」(同教授)。
医師の地域偏在が加速
卒後臨床研修制度では,新卒医師はマッチング試験に合格すれば希望する市中病院で研修を受けることができる。これについて,水上教授は「当初,医局の縛りから研修医を解放し,医師の地域偏在を緩和することに役立つと考えられたが,結果はその反対であった。2年間の入局者なしと大都市に研修医が集中する結果となった」とし,さらに「多くの大学医局は,その地域に分散して存在する各関連病院の患者数の規模に応じて医師数の配分をある程度行っていたと推測される。すなわち,定期的人事異動という形で,不公平感をなくす方法で遠方地域にも医師を常駐させ地域医療に貢献してきた。卒後研修必修化は,前述のようにわが国における医師不足を顕在化させただけでなく,医師の地域偏在を加速させた。それよりもっと重大な影響は『パンドラの箱を開けてしまった』ということである」と考察。「WINDの発足は,その弊害の是正のために必要だったと言える」とした。
その一方で,同教授は「北大においても北大関連病院で働く産婦人科医師のなかに北大産婦人科医局員ではない初期研修後の産婦人科医師が増えることが予想された」と言う。これについて「地域からの産婦人科医数の充足の要請,ならびに研修指定病院でない,あるいはそうであったとしても初期研修医が勤務を希望しない数多くの関連病院に勤務する医局員の労働環境の改善につながるという観点から,入局はともかくとして,北海道で産婦人科診療を行う医師の増加は大歓迎である」と評しながらも「誤解を恐れずに言えば,総産婦人科医師数の増加なしのもとでの非医局員産婦人科医師数の増加は,大きな社会問題を引き起こす可能性を秘めている」と危惧する。
例えば,公立の小・中学校は,ある一定数の就学年齢の子供がいれば,どの地域にも原則存在する。これは,国が責任を持って国民を教育する義務を負っているからである。では,医療においてはどうか。同教授は「民間活力にある程度任されており(自由競争で,責任の所在があいまい),医師の偏在をとがめる法律はないようである。すなわち,国は病院の分布をどうするかといった明確な指針を示していない」と批判したうえで,「研修必修化は医師の教育には効果を上げる可能性はあるが,むしろ病院間の医師獲得競争を激化させ,一時的にも日本における医療を混乱させた。人口当たりのベッド数の上限の設定はあるが,下限の設定はない。医療過疎の地域が広がることが予想される」と問題提起する。
若手医師など広く賛同を得る
WINDの主たる事務所は札幌市北区に置かれている。その目的について,定款では「当法人は,相互協力と切磋琢磨による産婦人科医療技術向上を目指した病院勤務医等の集合体として,勤務医の労働環境や勤務条件の改善を目指し,併せて大学などとも協力して北海道の医療水準の向上と均てん化を通して国民の健康および福祉の増進に貢献する。併せて,類似の環境にある他大学病院にも呼びかけ同じ目的の達成に努め,社員相互の親睦を図る」とし,その達成のために,表の事業を行う。
社員については「北大産婦人科に関連して研修ないし教育を受けている医師ならびに北大産婦人科に関連して地域で医療を行っている医師を社員とすることができる」,「学内外であっても当法人の目的に賛同した医療関係者,学識経験者および医療法人(団体を含む)などの医療施設を社員とすることができる」としている。これにのっとって,社員として北大産婦人科関連の産婦人科医約130人,法人社員として多くの医療施設が参加した。
水上教授は「WINDはその存在の目的を定款として明示し,組織としての意思決定プロセスを透明化した。医局運営は医局員からの医局費で行われていたが,WINDではこの減額も行われた。このような変革は,若手医師や,既に医局を離れた熟練産婦人科医師の賛同を得たようである」と評価したうえで,「今後は目的を達成するために,誠実かつ着実な歩みを続けていかなければならない。社会のなかで,個人には権利があるとともに義務もある。社会的にその存在が認知されたWINDも同様である」と結んだ。
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