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(投稿:by 僻地の産科医)
周産期センター 「母体救急は難しい」
熊田梨恵
キャリアブレイン 2008年11月6日
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/19047.html
先月に都内で妊婦が8つの救急医療機関に受け入れを断られた後に死亡した問題などを受けて11月5日に開かれた、「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」(座長=岡井崇・昭和大医学部産婦人科学教室主任教授)。会合では、総合周産期母子医療センターはそもそも母体を助ける体制になっていないことや、地域によって違う周産期医療連携の問題、医師不足など、あらゆる問題が噴出した。過熱報道のあおりを受けて急に開催されたとも取れるこの会合。来月末までに3-4回程度開催して提言をまとめる予定だが、こうした問題をどう収束させるのだろうか。
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懇談会の開催が公表されたのは、開催前日の11月4日の夕方。5日には、東京・調布市で入院中の妊婦が脳内出血を起こし、杏林大学病院などの病院から受け入れを断られて現在は意識不明になっているとの報道が流れたこともあり、懇談会は報道関係者の注目を集めた。
岡井座長は「墨東病院の問題は、医師不足で対応できなかったというのが根本的な問題で、産科と救急の連携がメーンの問題ではない。だが、一般の救急と産科の連携の必要性が浮かび上がった問題ではある。今日の懇談会は両者の連携が必要ということで議題にしている」と、会合開催の趣旨を整理。その上で、今回は周産期と救急医療について委員が日ごろ感じている問題などをフリーディスカッションし、次回はそれに対する対策を考えていくとの方向性を示した。
会合は、最初に事務局が用意した資料説明から始まった。まず、日本産科婦人科学会が先月末に厚生労働相に提出した緊急提言の内容が説明された。次に、墨東病院の問題について厚労省が報道内容を基にまとめた資料や、10月27日に厚労省医政局課長と雇用均等児童家庭局課長の連名で都道府県の担当部局に出された、周産期救急医療体制の確保を求める内容の通知が紹介された。
■女性医師の労働環境の改善を
次に、委員が提出した資料を各自で説明した。杉本壽座長代理(大阪大医学部救急医学教授)は、医師数の推移などを示した資料を提出。小児科医の数は増えている一方で、14歳以下の人口は減っているため、小児科医一人当たりの子どもの数は年々減少していること、産婦人科医一人が担当するお産の数は1990年から一定であること、麻酔科医は2006年には10年前に比べて約1000人増えていること―などを示した。その上で、小児科や産婦人科、麻酔科には女性医師が多いとするデータを示し、「単に医師数を増やしても駄目ということ。女性医師が増えているということが大きな問題。今、医学部の定員を増やしても一人前になるには15年はかかる。まずは女性医師が妊娠や出産をしても働き続けられる環境が必要」と述べた。
また、医師の事務作業を補助するスタッフの増員など、喫緊の対策を求めた。
資料説明が終わった後はフリーディスカッションに入った。
■ハイリスク新生児が増
田村正徳委員(埼玉医大総合医療センター総合周産期母子医療センター長)は、「小児救急や新生児医療などハードワークをする医師が足りない。お産の数は減っているが、小さい赤ちゃんが右肩上がりで増えている。NICUに入るハイリスク新生児は絶対数として以前の1.5倍」と述べ、単にお産の数だけを見ていても状況は分からないとした。
■母体が助からない周産期センター
海野信也委員(北里大医学部産婦人科学教授)は、そもそも周産期母子医療センター自体が母体を助ける機能を有していないとして、周産期医療対策整備事業の整備指針の問題点を次のように指摘した。
「総合周産期母子医療センターは『最後のとりで』というような表現で報道されるが、実際にセンターが作られてきた経緯は全くそういうものではない。実際の事業は、胎児や新生児への救急に対応できるシステムを作るということ。産科の方からは『母体救急は大きい問題』と言い続けてきたが、指針には、脳外科などが必要とは書かれていない。産科、新生児、麻酔科の医師を置くなどの限られた基準で、麻酔科は常勤である必要もない。そういう限定的な条件の施設基準で整備されてきた。総合周産期母子医療センターの当直数についての報道もあったが、総合周産期母子医療センターの半分以上は当直医は1人だ。平成8年に事業がスタートした時は2人という規定だったが、『それでは大学病院ならできるが、一般病院はできない』と現場から言われた。そこで、平成15年4月に出された(厚労省)雇用均等児童家庭局からの通知で、MFICUが6床以下のセンターはオンコールを置けば当直は1人でもいいとなった。『それならできる』と整備は進んだが、産婦人科医を増やそうとする努力をしてこなかった。こうした周産期センターの数を増やそうと努力するあまり、母体救急対応という配慮が抜けている」
さらに周産期救急情報システムについて、「整備指針には『作って下さい』とあるが、実際は作っていないところが多い。地域によっては作ってもしょうがないというところもあり、電話した方が早いといって、山形県のようにやっているのが普通では」と述べ、地域によって実情が違うと指摘した。
これについて、池田智明委員(国立循環器病センター周産期科部長)は、厚生労働科学研究費で実施された総合周産期母子医療センターに対するアンケート結果を踏まえ、「すべてのセンターが、『母体救急に対応できるようにつくるのは非現実的。近くの救急医療機関と連携を取ってやりたい。現場の医師がどう協力してやるかと考えている』と答えている」と述べた。
■産科・救急連携は地域で違う
田村正徳委員(埼玉医大総合医療センター総合周産期母子医療センター長)は、埼玉県の周産期医療の事情を説明し、墨東病院問題の影響に言及。
「今回、墨東病院の件がショックだったのは、9つの総合周産期母子医療センターがあり、NICUに恵まれている東京ですらこういう最悪の事態が起きたということ。埼玉県では、分娩数当たりの産婦人科医や新生児科医の数は全国でも最低。県内人口700万人当たり、1つの総合周産期母子医療センターしかない。埼玉県内ではNICUに入らないといけない赤ちゃんの3割が東京に送られて、急場をしのいでいる。今回の件で東京都が敷居を高くして、他県からの母体搬送を受け入れなくなるということが起きかねない。墨東病院も日赤医療センターも埼玉県から見たら頼みの綱。これは破局の前触れだ」
その上で、周産期救急情報システムについて、NICUのベッドが空いていることがないと主張。「舛添先生は石原先生とけんかしないでほしい」と述べ、都内の総合周産期母子医療センターの空床情報を関東近郊の県からも見えるようにしてほしいと訴えた。
これに、海野委員も同調。神奈川県も埼玉県と同じような状況だとし、「首都圏は一つの医療圏として考えねばならない」と述べた。
嘉山孝正委員(山形大医学部長)は、墨東病院の問題について「根本はシステムエラー」と述べた。
外科や脳外科などを揃えるようになっていない総合周産期母子医療センターは現場に沿ったものになっていないとした上で、山形県内では地域の実情に合わせ、総合周産期母子医療センターは設置せず、県内の山形大医学部附属病院など3つの病院で役割分担して周産期の三次救急を担っていることを紹介。「急患はとりあえず受け入れようにしている。どうしてもセンター化するなら十分な人数がいなければ無理だ」と主張した。
杉本座長代理は、周産期医療と救急医療などを引き合いに、「医学界は縦割りになっているが、これが交わらないとできない」と述べた。それを解消した上で、救急医療は地域の実情に合わせて展開することが必要とした。
■都道府県に投げず、省庁間連携が先
有賀徹委員(昭和大医学部救急医学講座主任教授)は、日本救急医学会が認定する救急科専門医が今年は約3000人になる見込みとしたが、「臨床研修病院に専門医を一人ずつ割り振ったら、各病院に一人しかいない」と、専門医の数が根本的に不足しているとした。
また、会合の始めに事務局から紹介された周産期救急医療体制の確保を求める通知の内容に疑問を呈した。通知では、周産期救急情報システムと救急医療情報システムについて、更新頻度や入力情報など運用の確認や改善を求めている。
「救急医療情報システムは昭和50年代から厚労省が進めているが、全県一区で集約するようなシステムになってない。なぜなら市町村消防が基本単位でやっているから。これを都道府県に投げて『考えろ』と言っているが、どういうイメージで改善しろと言っているのかよく分からない。救急医療情報システムもいまだに成り立っていないのに、周産期と二つのシステムについて改善しろと言うのが分からない。これを議論の積み残しにしてはならない。これは厚労省と消防庁が連携しないといけない問題だ」と述べた。
なるほど、周産期というと、妊婦の病気すべてに対応できるというのは、一般人の誤解とはっきりいっているのが、かえって目から鱗です。
投稿情報: 麻酔科医 | 2008年11 月 7日 (金) 21:52