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(投稿:by 僻地の産科医)
2008年7月号の産婦人科の実際からですo(^-^)o
特集は産科婦人科サブスペシャリティー領域の動向
ちなみに特集にはそんなに興味はなかったのですが、
巻末の研究結果発表がこの号、かなりおもしろいのです(>▽<)!
もしお手にとられる機会がありましたら、ぜひぜひ見てください!
シリーズで学ぶ最新知識 連載3回
抗リン脂質抗体症候群
①抗リン脂質抗体症候群の診断基準
名古屋市立大学大学院医学研究科
産科婦人科教授
杉浦真弓
(産婦人科の実際 Vol.57 No.7 2008 p1155-1158)
抗リン脂質抗体症候群には10週未満の習慣流産,10週以降の子宮内胎児死亡,34週以前の妊娠高血圧症候群などによる早産が妊娠合併症として含まれる。(β2glycoprotein Ⅰ依存性)抗カルジオリピン抗体とループスアンチコアグラントが12週間あけて持続陽性であることが診断基準とされている。しかし,妊娠合併症に関する高レベルのエビデンスはまだ少なく,基準は今後もエビデンスに基づいて改定されていく。
Ⅰ.不育症とは
妊娠はするけれど流産・死産を繰り返して健児が得られないものを不妊症に対して不育症という。流産は妊娠22週未満の娩出と定義されているが,大多数は妊娠10週未満の早期流産である。流産は妊娠の最大の合併症であり約15%と考えられている。習慣流産は3回以上連続する流産であり1%程度との古い報告があるが,不育症の頻度に関する疫学調査はあまり行われていない。
原因は母体側と胎児側に分けることができる(表1)。母体側に関しては当院における頻度は抗リン脂質抗体5~15%,子宮奇形3%である。内分泌異常は教科書的にも原因と考えられてきたが,実は高レベルのエビデンスはあまりないのが現状である。研究的には免疫異常,血栓性疾患,遺伝子多型,精神的ストレスなどの関与が報告されているが,原因として確固としたものではないので?マークで示した。
一方,胎児側としては夫婦の染色体均衡型転座生5%が知られている。散発流産の約70%が胎児(胎芽を含む)染色体数的異常によるが,繰り返す流産はそのような偶然によるものではない,ということが長い間信じられてきた。当院では2000年に不育症患者の1,309妊娠について検討し,約50%に胎児染色体数的異常がみられることを報告した。単純計算によっても染色体異常が2回反復する確率は49%,3回では35%ということになる。最近のマイクロアレイCGH法による報告からは染色体微細欠失を含めると約80%に胎児の異常があると考えられる。
2回反復確率64%,3回51%である。個々の症例について胎児染色体検査が行われていることはめったにないが,既往流産平均3回の集団において約半数が胎児先天異常によって流産しているということになる。胎児染色体異常がある場合,次回妊娠の予後がいいこともわかっており,このような症例では確率の問題で生児獲得が可能であり,流産を繰り返す症例では胎児染色体検査を行うことは重要である。また,患者にとって母体に問題があるのか,子どもが深刻な病気で亡くなったのかは重要な問題である。
従来われわれが考えていた以上に不育症,特に早期流産を反復する症例では胎児異常によるところが大きいことが明らかになってきた。抗リン脂質抗体は染色体正常流産を予防することができるという点で重要である。反復流産,子宮内胎児発育遅延,子宮内胎児死亡,妊娠高血圧症候群,胎盤早期剥離などの疾患に抗リン脂質抗体陽性であることが疑われ,特に早期流産よりも子宮内胎児死亡との関連が強いと考えられている。
Ⅱ.抗リン脂質抗体の歴史的背景
1952年に血液中の凝固時間を延長させる物質(circulating anticoagulant)として報告されたのがlupus anticoagulant (LA)の最初の報告と思われる。 1975年にはこの物質と子宮内胎児死亡の関係が報告された。また1981年には動脈血栓,子宮内胎児死亡を起こした症例のLAがlgGであることが証明された。 1980年代にはcardiolipin(CL),phosphatidylglycerol,phosphatidylcholine,phosphatidic acid,phosphatidylinositol,phospatidyethanolamine(PE)に対するlgG,lgA,IgMの測定が盛んに行われ,後に抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome ; APS)と呼ばれるようになった。
1990年に抗CL抗体の真の対応抗原はCLではなくβ2glycoprotein l(β2GP I )であることが判明した。その後,血漿中のリン脂質結合蛋白であるprothrombin,high molecular weight kininogen(KN),annexin V, protein C, protein S などが対応抗原として報告されているが,現在もこれらを抗リン脂質抗体と呼んでいる。
Ⅲ.診断基準
2006年に改定された抗リン脂質抗体症候群診断基準(表2)によれば,
(a)妊娠10週以降の胎児奇形のない1回以上の子宮内胎児死亡
(b)妊娠高血圧症候群もしくは胎盤機能不全による1回以上の妊娠34週以前の早産
(c)妊娠10週未満の3回以上連続する原因不明習慣流産
を妊娠合併症としている。
測定法にはELISA法と凝固時間測定によるLA検出法があるが,対応抗原が多様なため世界的に標準化された方法はないのが現状である。現在わが国において外注検査が可能な測定方法には抗カルジオリピンlgG,IgM,β2GP I依存性抗CL抗体,ラッセル蛇毒RVVTを用いたLA(LA-RVVT),prothrombin抗体,KN依存性PE lgG, lgMなどがある。診断基準には中等量以上の抗カルジオリピンTgG,lgM(40GPL,40MPL以上),β2GPI依存性抗CL抗体,LAが含まれており,12週以上あけて陽性が持続することを条件とすることで疑陽性を排除している。
各種検査と血栓症の有無に関する報告は多いが,不育症患者についての検査を確立するための前方視的検討が不足しているのが実情である。不育症における検査の意義を確認することが困難な理由として,臨床家は「目の前の患者に治療をしたい」,患者は「原因が見つけてもらえるとうれしい」という感情が働くことだと推測する。つまり,「疑陽性でもいいから抗リン脂質抗体を見つけて過剰治療をする」傾向にあるためである。
しかし,検査の意義を調べるためには検査陽性・陰性の場合に次回妊娠における生児獲得率を比較することが必要である。健常人と頻度を比較する横断研究はエビデンスレベルが低く,特に不育症の集団では自己抗体が高頻度でみられるが,それが流産の結果として産生されたものか,病原性を持つのかは不明である。
抗リン脂質抗体はSLE患者に高頻度に見つかることから抗核抗体との関係がしばしば報告されてきた。われわれは抗リン脂質抗体陰性の反復流産患者において抗核抗体の陽性率は健常妊婦よりも高頻度に検出されるが,次回妊娠において流産率は陽性・陰性例において有意差がないことを明らかにした。
また,β2GP I 依存性抗CL抗体を不育症・合併症のない妊婦1,125人の妊娠初期に測定し,その後の妊娠帰結を調べる前方視的検討によってその意義を調べた(表3)。
健常人の99percentileである1.9を基準としたとき,β2GP I 依存性抗CL抗体陽性例ではその後に子宮内胎児死亡,子宮内胎児発育遅延,妊娠高血圧症候群を高頻度に起こした。β2GP I 非依存性抗CL抗体は梅毒の生物学的偽陽性に代表される感染症タイプであり,産科合併症の危険因子ではなかった。ただし,妊婦における研究では採血時期以前の早期流産についての意義は調べることはできない。β2GP I 依存性抗CL抗体は不育症における陽性率が3%程度と低いことが臨床家にとって不満であるが,危険因子であることは証明されている。
当科の研究室では不育症患者の非妊時にaPTT 5 倍希釈LA(LA-aPTT)の測定を行い,無治療では53.8%の次回流産率が抗凝固療法によって19.6%に改善できることを確認している。LA-aPTTの陽性率は15%である。われわれは現在,学会の診断基準にある3種類の抗リン脂質抗体(LA-RVVT,β2GPI依存性抗CL抗体,LA-aPTT)の測定を行っており,3種類いずれかが陽性である率は約15%であるが,12週間後の再検査で陽性となり診断基準を満たす抗リン脂質抗体症候群は約5%程度である。
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