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(投稿:by 僻地の産科医)
東北の医療
MSN産経ニュース 2008年9月17 /18日
(上)http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/fukushima/080917/fks0809170253000-n1.htm
(下)http://sankei.jp.msn.com/region/tohoku/iwate/080918/iwt0809180240000-n1.htm
存続の危機続く公立病院
地域医療の崩壊に歯止めがかからない。“砦(とりで)”となるはずの公立病院で、医師の退職や大学病院への引き揚げなどにより診療科が休診、閉鎖される例が相次いでいる。福島県立大野病院(大熊町)で帝王切開の手術中に患者が死亡し、執刀した産婦人科医が逮捕・起訴された問題は、医師の無罪が確定し、医療界に一応の平穏を取り戻した。しかしこれだけで地域医療の再生に道筋がついたわけではない。東北の公的医療の現状を追った。
3日、福島県南相馬市の渡辺一成市長が県庁を訪れた。医師確保の直談判を県にするためだ。同市の小高病院(病床数99)は今年3月末、6人いた医師のうち2人が退職。今月末には県立医大(福島市)から派遣されていた内科医が県立医大に戻ることが決まり、10月からは外科、内科、眼科の医師3人という厳しい態勢になる。渡辺市長は松本友作副知事に「眼科医の引き揚げも示唆されていて、病院存続ができない危機的状況」と窮状を訴えた。
松本副知事は、公立病院に県立医大から医師を臨時派遣する制度に触れ、「今の派遣枠は33人だが十分ではない。今後検討する」と派遣枠拡大への意欲を示した。しかし予算上の問題もあり、10月に間に合わせることは困難だ。小高病院は、診療所(病床数19)や介護型老人保健施設に転換することも視野に入れ、地域医療の拠点をどう守っていくのか検討している。
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東北では近年、公立病院での診療科の休診が相次いでいる。平成19年は、青森労災病院(青森県八戸市)の産婦人科▽盛岡市立病院(盛岡市)の産婦人科・小児科▽高畠町立高畠病院(山形県高畠町)の小児科。今年に入ってからも、宮城社会保険病院(仙台市)の産婦人科▽大館市立扇田病院(秋田県大館市)の婦人科-などが休診している。いずれも十分な医師数を確保できなくなったことが理由だ。
16年度に新医師臨床研修制度が始まって以降、各地の公立病院は、大学から医師の派遣を受けにくくなっている。大学病院自身が、研修医の減少にともなう医師不足に陥っているためだ。
福島県立医大も、15年度は初期研修医を49人確保できていた。しかし新制度導入後は減少し、今年4月は14人。研修医が集まる病院を目指し、新人医師に指導教官をつけるメンター制度導入▽新人医師の雑用を減らすための病棟事務員配置▽託児所設置など研修環境の整備▽各科の縦割り廃止▽救急センターの充実による病院の実力向上-などを行ってきたにもかかわらずだ。横山斉副院長は「東北でも積極的に魅力有る研修環境づくりに取り組んでいる方だと思う。だがそれでも各科からは人手が“ギリギリだ”という声が聞こえてくる」と話す。
福島県も今年度から県立医大の入学定員を80人から95人に増やし、一定年数を県内の公立病院で勤務すれば返済を免除する奨学金(月23万5000円)制度も創設した。さらに「医療人育成支援センター」を立ち上げ、医師に最先端の医療情報を提供する態勢を築くなど、医師確保に向けた施策を次々と打ち出している。
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だがこうした施策の効果は、すぐ表れるものではない。小高病院は「医師が一人前になるには10年かかるが、それまで耐えられない。未来よりも現在の支援が欲しい」と悲壮だ。
また別の公的医療機関は奨学金制度について「県内で勤務すれば返済免除といっても、待遇のいい首都圏で医師になれば数年で元が取れる。首都圏で学びたいという学生の意欲をお金で抑えられるだろうか」と疑問視する。
国は新医師臨床研修制度のあり方について改めて検討し直すことを決め、今月8日に検討会の初会合を開いた。だが“待ったなし”の状況に追い込まれている公的医療機関が、いつまで耐えられるだろうか。
少ない医師でも効果あり 地域にあった病院運営
地域医療を守るために、医師不足の状況を打破しようという動きが全国各地の自治体で始まっている。福島県でも独自の方策で医師を確保しようとする自治体が出てきた。東北ではすでに地域の特性に合わせた病院運営、医師の配置に取り組み、成果を出しつつある病院もある。地域医療の崩壊を食い止める方法はあるのだろうか。
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「約60kmの海岸線。9つの海水浴場。15のゴルフ場。豊かな海の幸。一年中サーフィンができるまち“いわき”」観光客向けパンフレットのキャッチコピーではない。実は医師と医学生を対象に行う就職ガイダンスの案内文書の一節だ。福島県いわき市と同市の民間病院は9~10月にかけ、いわき市と東京、福岡県北九州市の3カ所で医師採用に向けた就職ガイダンスを行う。櫛田一男市長も参加しトップセールスを行う。自治体と民間が協力し県外で医師の募集活動を行うのは極めて異例だ。厚生労働省の調査によると、いわき市の勤務医数は平成18年度が公立、民間合わせて323人で、12年度の379人より15%減った。開業医を含めた市内の医師数も、人口10万人当たり167・9人で、全国平均の206・3人より2割近く少なく、公立、民間とも医師不足が深刻化している。
「これまで医師の確保は県が中心になってきたが、それだけに頼っていられなくなった。県や国も医師確保対策を打ち出しているが、効果が出るのは将来の話。とにかく今できることをやっていくということ」と同市地域医療対策室はいう。17日時点で、県内外から10人の参加希望が寄せられているという。
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一方、公立病院でありながら10年以上黒字を続け、医師離れも生じていない例がある。人口1万人に満たない岩手県藤沢町の町民病院(病床数54)だ。町の「価値ある長寿社会」との方針に合わせ、高齢者医療に重点を置いた病院運営を行っている。町民病院を中心に、特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、グループホーム、訪問看護ステーションなど各施設を設置。ケアの各段階ごとの情報を町民病院を中心とするシステムの中で統合し、高齢者のケアを行っていく仕組みだ。
同病院の設立(平成5年)から参加した佐藤元美院長(53)は「ビジネス用語で“垂直統合”と呼ばれる方式。これにより、少ない医師でも患者のケアに最大限の効果を発揮することができる」という。
現在、同病院には5人の常勤医がいる。病院と地域との繋がりを深めるため、全医師が訪問診療を行っている。佐藤院長自らも住民説明会を開き、病院運営の見通しや、“医師も人間である”ことを住民に理解してもらっている。また医師用の住宅の整備も進めた。
こうした努力の結果が、高待遇をうたうわけでもないのに、大学病院からの引き揚げ要請を断り町民病院に残ったり、県外出身ながら着任を志望する医師の心をつかんだようだ。
「医師が離れないのは、仕事しやすい環境作りの成果だと思う。医療制度上の問題や一部に対応の難しい患者がいるのも、他の病院と同じ。でもそれはわれわれが解決できる問題ではない。藤沢の医療のために、やれることをやっていくだけ」。佐藤院長は力強くそう話した。
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地域医療、医療行政に詳しい伊関友伸・城西大学准教授は、東北の公的医療について、「全国で一番医師不足に苦しんでいる地域。自治体病院は、これまで大学病院の派遣医師に頼り、自らの努力で医師を招聘(しょうへい)する努力を怠ってきた。待遇も民間病院に比べて悪く、医師にとって魅力がない病院になっている」と分析する。 医療崩壊を防ぐためには「待遇を民間並みにするのが重要」という。ただ地方自治体の財政が厳しい状況では困難だ。そこで、「医師がやりがいを感じる職場づくり」を挙げる。そのよい例が医療と行政が一体となった藤沢町の試みだという。
伊関准教授は「地方の公的医療は、“あれもこれも”ではなく、その地域でどんな医療が必要なのかを考え、それにふさわしい規模で運営するのが望ましい」と指摘している。
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