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(投稿:by 僻地の産科医)
がん患者のうつ病は
研修を受けたがん専門看護師による
複合的な介入によって改善する
東北大学病院精神科 松本 和紀
MetPro 2008年7月10日掲載
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/doctoreye/dr080703.html
背景:がん患者のうつ病は見過ごされ,治療されないことがしばしば
がん患者が,抑うつや不安を持つことは一般的であるが,その一部はうつ病と診断されるレベルに達する場合も多い。しかし,がん患者のうつ病は,気付かれないまま見過ごされたり,治療されないまま経過することもしばしばである。一方,がん患者のうつ病治療についてのエビデンスは乏しく,有効な治療法についての研究はほとんどなされてこなかった。今回,英国のStrongらは,がんセンターに通う患者を対象に,看護師が実施するうつ病への複合的な治療介入の効果を検証した(Lancet 2008; 372: 40-48) 。
方法:うつ病の基準を満たす200例のがん患者をランダムに割り付け
スコットランドのがんセンターの8,153例の患者が,不安と抑うつについての質問によってスクリーニングを受け,その後の電話面接によって660例がDSM-IVの大うつ病の基準を満たすと判定された。6か月未満の予後,頻回の化学療法や放射線治療,重度の精神障害などが除外され,334例が研究参加の要件を満たした。このうち研究について同意の得られた200例のうち99例が通常治療に,101例が特別な介入治療にランダムに割り付けられた。
治療内容:がん専門看護師が,3か月にわたって複合的な介入を実施
通常治療では,患者はプライマリケア医と腫瘍専門医の治療を受けている。本研究の参加に際し,これらの医師には患者が大うつ病と診断されることが告げられ,患者は必要に応じて抗うつ薬の選択についてのアドバイスを受けた。
特別な介入では,通常治療に加えて,最大10回の個人セッションが3か月間提供された。特別な介入は,
1)うつ病とその治療についての教育
2)無力感を克服するための対処ストラテジーを学習する問題解決療法
3)患者が,腫瘍専門医とプライマリケア医とうつ病治療についてコミュニケーションを図ること
―から構成されている。1回45分の治療セッションは,精神科経験のない3人のがん専門看護師によって行われた。これらの看護師は,最低3か月間の研修を受けており,治療は詳細なマニュアルに従って行われ,1人の精神科医が毎週指導を行った。また,抗うつ薬の処方はプライマリケア医が行った。3か月のセッションの後3か月間は電話による観察が毎月行われた。
結果:特別な介入によって,抑うつ,不安,倦怠感が改善し,効果は介入終了後も維持
治療開始前,治療用量の抗うつ薬を服用していたのは,通常治療群で20%,介入群で17%だけであったが,3か月後この割合は,通常治療群で42%,介入群で69%と介入群での増加が有意に高く,この差は6か月後も持続した(34%対65%)。精神科医,心理士,精神科看護師などメンタルヘルスの専門家による診療が必要であったのは,全体の11%にすぎなかった。
図はSCL-20うつ病尺度の時期ごとの得点である。介入群は通常治療群と比べて3か月後の抑うつ得点は低く,これは6か月,12か月後でも維持された。また,患者の不安と倦怠感は介入群で大きく低下したが,痛みや身体機能には変化はなかった。大うつ病の寛解率は,通常治療群(45%)に比べて介入群(68%)で高かった。特別な介入によるコストは患者1人当たり523ドルで,費用効果の指標(質調整生存年)による計算では,医療経済的にも低コストであると試算された。
考察:がん診療における心理ケアの質を効率的に高める可能性
看護師による特別な介入によって,患者がうつ病であることを自覚し,対処技能を身に付け,医師とうつ病についてのコミュニケーションを図ることで,うつ病に対して適切な治療が施され,患者の抑うつ,不安,倦怠感の症状が軽減された。今回の研究では,通常治療においても担当医にうつ病であることが報告されており,その結果として,見過ごされていたうつ病に対する治療が開始された可能性がある。したがって,介入による効果は,実際の現場ではさらに高いかもしれない。
本研究では,患者に対する特別な介入を,メンタルヘルスの専門家ではなく,がん専門看護師が実施している点は注目すべきである。がん診療にメンタルヘルスの専門家が常時かかわる環境を整備することは望ましいのかもしれないが,人的資源や医療経済的な観点からすると,実際にはそのためのハードルはかなり高い。むしろ,今回の研究で行われたように,がん診療に普段携わっているスタッフを訓練し,既存の医療資源を活用しながらうつ病治療の効果を複合的に高めていくことのほうが現実的であろう。こうしたモデルは,がん患者におけるうつ病治療のみならず,その他のあらゆる身体疾患に合併するうつ病治療にも適用できる可能性がある。
松本 和紀(まつもと かずのり)
1992年,東北大学医学部を卒業し,同大学精神医学教室に入局。同大学病院精神科,二本松会山形病院での勤務を経て,1996年より同大学病院に勤務。2002~04年,ロンドン大学精神医学研究所(IOP)に留学。研究テーマは精神病の早期介入など。現在,同院精神科講師。
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