(関連目次)→医療危機と新聞報道 目次 産科一般
(投稿:by 僻地の産科医)
産婦人科医会メーリングリストで、
少し前に話題になっていた記事がありました。
誤解と偏見にみちた医学的考察のされていない記事でしたので、
たくさんの抗議が中日新聞本社の方にいったようですけれど、
愛知県保険医協会が7月7日(月)の13:30に正式抗議に行かれたそうです。
その情報は知っていたので、翌日新聞見てみたのですが、
「アメリカですべて帝王切開というのは誤りで、
そう主張している人がいるというだけだった」
ということで、何が産科医の間で不評だったのかを理解していただくため
抗議文を書かれた先生に了解をいただきましたので、ここに掲載いたします。
まず最初に問題の中日新聞記事です。
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「出産時の帝王切開に思う」 松原 隆一郎(東大教授)
中日新聞 2008年06月04日
ある女優が40歳で第1子出産したというニュースが最近流れた。高齢にもかかわらず母子ともに無事らしく朗報であったが、このニュースの続きの部分には異様な印象を受けた。予定日より一ヶ月早い出産だったのだが、それは俳優の夫の誕生日に合わせて帝王切開したからだ、と言うのである。
詳細が書かれていないので、何か別の事情があるのかもしれない。だから一般論として述べたいのだが、アメリカなどでは主に医療の効率性のため、すべての出産を帝王切開にしているという(それってどこのアメリカ?合衆国でも帝王切開率100%じゃないはず)。けれども出産は病気ではなく自然な営みであり、身体が持つ能力で行われうるものだ。赤ん坊の頭蓋骨が割れ目に沿ってずれ、頭部が縮んで子宮を垂直に下りてくるという話を聞いたとき、私は身体がそのような能力を有しているという神秘にいたく感心した。下りてくるのだから重力を利用するわけで、19世紀までの西欧の出産用のいすを見ると、妊婦は身体を立てて座るようになっている。手術台に寝かせるというのはドイツあたりで始まった医療上の習慣であるらしく、そこには出産を病気の一種と見なそうという考えがある。それは、女性が身体の潜在能力を否定しつつ出産を行うと言うプロセスの始まりであった。
私はとある産婦人科医の集まりで講演した際、会場におられた先生方から「会陰をあらかじめ切開しないで出産すると裂けて大変なことになる」、と断定的に言われたことがある。それで「この中に裂けるところを目撃した肩はおられるのですか」と尋ねたら、なんと一人もいなかった。教科書に「会陰は切開しないと裂ける」と書いてあり、すべての妊婦に対して切開してしまうので、「裂ける」体験などしたことがないとのことである。けれども長い人類の歴史で、縫合手段もない時期に、出産のたびに会陰が裂けてきたとは想像しがたい。多くの女性はお産の知恵として伝承された技法(深呼吸をし指圧するなど)を用いてきたのであろう。
だが、現代の産科の常識では、そのように人類が長年行ってきた営みは例外に属することになったようだ。潜在能力を発揮しなくてすむよう、人工的な手術で肩代わりするのである。帝王切開は、当初は突発的な危険に際して用いられたのだが、突然産気づかれては医師側の仕事からすれば効率が悪く、そちらの都合から普及した。その延長上で、妊婦側に出産時期を選択させるために帝王切開を行うという考え方も出てきたのではないか。
けれども後一月、母子が体内で会話できるというのは、至福の時でもある。それを失ってまで早産するというのは、もったいない話ではないか。
それでも、すべての身体に関わる営みが人工的な作業に置き換えられるのなら、一理あるといわねばならない。医師不足の折、医師が定時に帰宅できるよう帝王切開したり、家族の誕生日が同じであることが家族の和に寄与するものもあるのかもしれない。けれどもどんな手術であれ、最終的には当人の生命が自然治癒する部分に支えられている。身体の自然を乱せば、身体が治癒力を失う可能性も高まると思えるのだが、いかがだろうか。
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保険医協会側の抗議文は以下です。
ちなみに↓これ参考にしてくださいねo(^-^)o ..。*♡
婦日の山と仕事報告
分娩時膣壁裂傷あれこれのページ
http://homepage2.nifty.com/gynealp/page110.html
さらに分娩時の裂傷が肛門・直腸まで及びますと、
医学的処置が行われなければ、感染して亡くなります。
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萬羽 進氏
<出産時の帝王切開に思う>と題して、中日新聞(H20/6/4)で、日本を代表する大学の教授の発言があった。その影響の大きさを考えると、読み流しておくわけにはいかないし、論者があまりに現実を知らない発言のために、一般の人たちが大きな誤解を招きかねないことなので、あえて現実を述べさせていただきたい。
論者は日本で40歳の女優が1ヶ月早い帝王切開を、夫の誕生日にあわせて行ったというニュースに触れ、アメリカでは医師の効率だけですべてのお産を帝王切開しているらしいと述べ、日本でも突然産気づかれては、患者ではなく<医師の効率>が悪いから、医師の都合で帝王切開が普及したと断じている。即ち言い換えれば、切らなくてもいいものを医師の都合で手術しているがごとき表現をされているのである。どのようなデーターに基づいて発言されているのであろうか?
日本では手術を希望して、救急搬送されてくる大病院の帝王切開ですら20%台の数字である。いわんや一般の症病院ではもっと低い。
人間の身体にメスを入れる行為は、医者の都合で行われるなどと言うことは、あってはならないことで、すべては患者さんのためであらねばならないし、そうなのである。
切開創一つとっても、大きすぎないように、必要なだけ切らせていただくのであって、医者の都合で傷をつけたら傷害罪にも等しい行為となる。
突然産気づかれると困るから、医師の都合が悪いから、手術をするなどと発言されては、まじめにお産とつきあっている産科医の気持ちを逆なでするに等しい表現である。
手術に限らず、すべて医療行為は患者さんのために行われるのであって、断じて医者のために行われるのではないことを断っておきたい。
分娩時の会陰切開についても、産科医の集会で質問し、自然裂傷を診たこともない医者の集まりであったと言うに及んでは理解に苦しむ。産科医なら、裂傷のあるお産は頻繁に見ているはずだからである。
深呼吸や指圧を加えれば、会陰裂傷のほとんどを防ぎきれるかのごとき、発言も、お産の現実を知らない人の言い分である。直径10センチもの児頭が出てくるのであるから裂創も起こりやすいし、その時の痛みは周りの想像をはるかに超える痛みで、苦痛から逃れるための切開を希望する人も、またたくさんいる。現在は傷の縫合も、昔の主義に比べれば格段に苦痛を減らしているし、除痛の処置をしての縫合や産後に歩いてもいたくない縫合の工夫、抜糸の必要のない吸収糸の使用で抜糸の痛みからの解放など改良が加えられている。
分娩時の体位も、重力を利用した分娩は大切ではあるが、生まれいづる時の力は「子宮の力」が大部分を占める。横になっていても、座っていても、仰向けであっても、児は子宮収縮で進行し、生まれてくる。一つの体位だけでなく様々な体位を取りながら長い陣痛の時期を乗り切るのがよいのだと理解する必要がある。
手術は突発的危険に際し用いられてきたし、今でも危険が差し迫って、手術が即必要な状態ならば、何事にも優先してす術をする。深夜でも、多忙な外来中でも・・・。
先々に問題が発生する危険があるハイリスクの妊娠に対して、患者さんに十分に説明し、納得の上で、前もって手術を選ぶこともある。これは「医学の進歩」の結果である。
くれぐれも医者が定時に帰宅できるようにするために手術をするのではない。一つのミスがあってもいけない。一つのミスが母児の命取りになる緊張した中で仕事をさせていただいているのである。誤解を招く発言は控えていただきたいと思う。
このようにして世界一安全で安心してお産をしていただいているがそれでもなお日本では年に50人に近い母体死亡が起こっているのがお産の現状である。過酷なるが故に産科医が不足し、過重な労働を強いられているが、それでも赤ん坊の元気な鳴き声に医者の方が元気づけられて何とか頑張っている毎日なのである。
日本を代表する大学の教授が、影響の大きい新聞に、事実とことなることを発表してきたことに驚いたが、帝王切開率などは簡単に調べられることだし、自分の大学の産婦人科医に一言聞くだけで発表の内容がずいぶん変わっただろうと思われるのに軽率な人だと言わざるを得ない。黙っているだけではいけないと考えて、論者も「いかがだろうか?」と言っているので、反論をしておかないと、そのまま事実として通ってしまうと思われたから、あえて反論させていただいた。
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田口 清雄氏
H20/6/4の中日新聞の文化欄「出産時の帝王切開に思う」「身体の自然こそ命を支える」の筆者を調べたところ、松原隆一郎氏は52歳、東大工学部卒業、「都市工学科専攻」、同大学大学院経済学研究科博士課程修了、「社会経済学、相関社会科学専攻」、現在は東大総合文化研究所教授である。医学の専門家ではないので、一般市民の代表的意見と考えてよいかもしれない。
筆者の結論は、「出産を、医師の都合や妊婦の希望で出産予定日より一月も早く帝王切開をするのはいかがなものか、とか、自然分娩には全例に会陰切開を施す傾向らしいが、いかがなものか。自然娩出力、自然治癒力があるのではないか。」とのことだった。
確かに筆者の指摘は一理あるであろう。しかし、出産には、自然娩出力だけに任せられない場合があり、手術のメリットはそのデメリットを補って余りあることも考えて欲しい。
ところで、筆者の出産時の胎児の頭の応形機能の記載は一面正しいが、児頭が重力を利用して子宮を垂直に下りてくるという話は誤解を招くし、「アメリカなどではすべての出産は帝王切開にしているという。」との記載は事実誤認であろう。また「出産は病気でなく」とあるが、「すべての出産が必ずしも病気でなく」とすべきであろう。病気の出産もあるのである。産科学の教科書には、正常編と異常編とが記載されていて、異常とは病気のことである。また、異常は母体のみならず、新生児にもある。
産科統計で、出産時の母体死亡や周産期の胎児、新生児の仮死や死亡例を見るにつけ、産科臨床医は妊婦の妊娠状態、出産時期、出産方法には常に頭を悩まされている。
話題の40歳の女優さんは、合併症がなくても、高年初産と言うことで、十分、帝王切開の適応になったであろう。出産予定日の3週間以内であれば問題なく満期出産と言えたであろうが1ヶ月前とのことなので、多少の新生児の未熟性に対応できる用意は為されたのであろう。そのくらいのサービスは許されるものと思う。
近年、結婚年齢が高くなり、妊娠可能年齢も短くなり、当然の結果として少産少子社会が出現した。一般に35歳以上の初産を高年初産と言って特に注意を要するとされている。例えば、妊娠中毒症、陣痛微弱、軟産道強靱、胎児の遺伝子異常、産道の後遺症などの発生頻度が高くなる。一方、すべての新生児が「貴重児」とされてきている現在、母体に手術痕跡が残っても健全な新生児を「インタクトサバイバル」「損なわれない生存」として世に送り出して、母児ともに救命することが産科医の責務なので、自然産道からの出産を助ける会陰切開や、帝王切開は伝家の宝刀である。
さらに、たとえ高年妊娠でなくても、妊娠時の体内での胎児の位置には、骨盤位とか、横位などもあり、すべての胎児が頭位とは限らない。頭位でも、母体の骨盤が狭くて、骨盤児頭不適合の場合もあるし、胎盤の位置が悪くて、前置胎盤だったり、胎盤の位置が正常でも、胎盤早期剥離が起こったりすることがある。これらの異常妊娠では、帝王切開でなければ望ましい出産は不可能である。さらに、胎盤異常の場合、たとい帝王切開でも、母児ともに必ずしも救命できるとは限らない。それでもこのような状況を考えると帝王切開を避けることは出来ない。「出産は病気ではない」と言うより、「出産には何らかのリスクが伴う」と言った方が正しいように思う。
ともあれ、現在の産科医療の緊急課題は帝王切開や会陰裂傷の是非を論ずることよりも、帝王切開ができたり、未熟児医療が出来る医療施設が減少して出産難民が増加していることと思われる。都市工学の専門家には、この出産難民対策に尽力いただきたいものである。
東大教授にしては根拠のないことを堂々と新聞に書いたものですね。嘘を書かれた側は当然堂々と抗議するべきです。放置するとマスゴミは嘘を言い放題になります。
投稿情報: 元外科医 | 2008年7 月15日 (火) 13:56
直接本人にメル凸抗議しましたが、返ってきた内容は以下のブログとほぼ同内容。http://homepage3.nifty.com/martialart/sikou.htm
全然分かろうともしてくれていない、と言うのが丸わかりな中身です。再反論したけどこれはなしのつぶてでした。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2008年7 月16日 (水) 09:19