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(投稿:by 僻地の産科医)
あ、もう売ってないAERAから!
AERA 2008年5月26日号
発売日:2008年5月19日
働くママはどこでも大変o(^-^)o ..。*♡
でも短距離走ではマラソンは走れない。
ゴールはどこにあるんでしょう。
ところで
国会議員には産休の規定がない
って知りませんでした!(産婦人科医なのに)
永田町の働くママたち
女性の国会議員が増えたとはいえ、その比率はまだ1割ほど。
女性の地位向上、少子高齢化に真っ先に取り組むべき永田町だが、
現実は甘くない。そんな逆境で子育てを実践する女性議員たちを追った。
編集局 秋山訓子
(AERA 2008.5.26 p40-43)
自民党の小渕優子衆院議員(34)が初出馬した時、当時付き合っていた現在の夫が言った。
「ぼくがやめろと言ってもやるんだね」
当然、そのつもりだった。首相だった父の突然の死。父から政治家になれとは言われていなかったが、
「父が命をかけたことを自分が決断できなければ、逃げ出したことになる。できなきゃ、これからの自分は死んだも同然だ」
と思った。女性としての幸せもすべてあきらめる、くらいに思い詰めた。26歳だった。
想像していたとおり、マスコミは「意味もわからずみこしに乗せられた小娘」と書き立てた。
一見、気楽な二世議員。でも本人からすれば、右も左もわからず、おじさまばっかりの永田町。
「どこ行っても浮いてました」
2回当選し、政治家としての基盤もできたころ、結婚を考え始めた。
「女でいることに甘えている」自分に気づいたからでもある。男性からすれば、酒の席でも独身女のほうがかまいやすい。それに乗じて媚びを売る自分がいた。楽だが、それを超えたところで仕事をしたいと思った。
出産5日前まで働く
ただ、昨年の妊娠は想定外。参院選の年だった。選挙の応援に呼ばれることが多いのに、それができなくなる。
「官僚出身でも、たたき上げでもない自分か期待されるのは、人寄せパンダ的な役割。呼んでもらえるだけありがたいと一生懸命やったけれど、できなくなって役立たずと思われるのが怖かった」
出産5日前まで働いた。男児が誕生したのは福田政権が発足したその日だった。年明けとともに職場復帰。男性議員に「もう預けるなんてかわいそう」と言われもしたが、永田町の空気も変わりつつあるのを感じる。
「先輩の橋本聖子さんは、子どもを産むなら政治家をやめろと言われたそうだけど、自分は言われなかった」
テレビ局のプロデューサーの夫は家を空けることが多く、今は国会の行き帰りに保育所の送り迎えも自分でする。週末、地元に戻るときは実家に預ける。
「今はきょうあすのことしか考えられない。働く母親はみんな、綱渡りでやっていると実感する。成熟した国とは、選択肢が多いことでは。政界にもいろんな女性が増えたらいいと思う」
民主党の蓮舫参院議員(40)は双子の男女の母だ。タレントやキャスターとして活躍後に、政治の世界に飛び込むことを決意。子どもたちは6歳だった。
「説明すれば選挙というものを理解できる年齢だったので、決めたということもあります」
政治を志した原点も、子どもが安全に暮らせる社会をつくりたい、という思いだ。
ママ、内閣支持率が・・・
朝5時台に起き、朝ごはんを夫とつくり、子どもたちのお弁当を詰める。家族全員で食べてから子どもたちを送り出し、国会に出勤。日程をこなしてから、できるだけ午後4時から5時の間、子どもたちが帰ってくる前に、いったん帰宅する。自宅は国会から地下鉄で30分だ。
子どもたちを「おかえり」と迎えてから再び「いってきます」と家を出る。
「今日のごはんはミートソースだった」
「いっぱい食べた?・」
「宿題ノート学校に忘れた」
「許さない」
夜の会合中も、子どもからのメールはまめにチェックして即、返信。帰宅後は子どもたちの宿題ができているかを見て、お弁当の下準備をしてから就寝する。
家庭でもふつうに政治の話をする。台湾人を父に持つ蓮舫さんの子ども時代も、政治の話が当たり前だった。
「肝炎でこんな法案つくれば1000人の命が助かるんだよ」
「ママ、内閣支持率が下がってるよ」
生まれ育った東京が選挙区で、今も実家の母と一緒に住む。自分は極めて恵まれていると思う。
「30代から40代の女の人が、一番支持してくれるんです。仕事も結婚も育児も、全部あきらめていないところに共感してくれるみたい。テレビに出ているときはあんまり支持してくれなかった層なんですが(笑い)」
公明党の丸谷佳織衆院議員は、連休明けから産休に入った。出産予定日は7月だ。
昨年妊娠がわかったのは、ちょうど今期限りの引退を決め、あいさつ回りなどをしていたときだった。
「ストレスがたまる仕事だし、年動的にも、もしかしてもう閉経したのかな?と(笑い)」
母親学級に行けない
42歳。産婦人科に行って言われたのはまず、
「奇跡的ですね」
それから、
「ハイリスクです」
子どもは欲しかったが、自然にまかせ、特に計画していたわけではない。もちろん喜びはあったが、驚きと不安と狼狽が先に立った。家族は地元の北海道におり、単身赴任状態だ。
党には年が明けてから報告した。どこまで説明義務があるのか、あれこれ考えた末のことだった。公的な仕事である一方で、年齢的には流産などの危険も抱える。安定期に入るまでは秘書にも内緒にしていた。
だから、年末年始の街頭演説もいつもと同じようにこなした。地元との往復のため、飛行機にも乗った。
月に1度の検診で、
「順調ですね」
と言われるたびに、胸をなでおろした。
「バラ色で夢いっぱい、という妊婦像は世間的につくられたものなんだと実感しました。自分もイメージでしか対処していなかったと。定型に押し込めない政策提言が必要だと思います。どこでもいつでも産める体制をつくりたい」
たとえば産院や自治体が行う母親学級は平日開催だから、丸谷さんはなかなか行けない。
「するとお医者さんに、行ってないんですか?って極悪非道みたいに言われる(笑い)。かといって週末の両親学級は、私は単身赴任なので、一人で行くとさみしいんです(苦笑)」
このまま解散総選挙がなかったら、丸谷さんは子どもと再び上県して、政治活動を行うことになる。どうやって両立するかは、小渕議員に相談ずみだ。
激痛で郵政国会欠席
民主党の高井美穂衆院議員(36)が第2子の長男を産んだのは2005年夏。郵政民営化法案が衆院本会議で採決され、5票差で可決される5日前だった。
予定日は1週間後だったが、切迫早産で4月後半から入院し、結局帝王切開になった。
国会議員の産休は、出産を理由に欠席届を出せる、というだけのもの。それですら設けられたのは参院が00年、衆院が01年とごく最近だ。高井さんは現職国会議員で出産した5人目。しかも出産前に産休届を出したのは高井さんが初めてだった。
郵政民営化法案は自民党で造反の動きが続出し、衆院通過が微妙な情勢だった。高井さんは地元徳島の病院から毎日、東京の同僚議員と連絡。緊迫する国会のニュースを病院のベッドで見続けた。だが第1子に続き2度目の帝王切開になった高井さんにとって、産後の激痛は想像を絶するものだった。
「まさに悶絶。歩くのも手すりにつかまってやっとでした」
飛行機に乗っての国会との往復6時間に耐えられるか。母乳はどうする。採決があと3日、後ろにずれてくれれば何とかなったのに。ぎりぎりまで悩み、欠席を決めた。
「もし1票差で可決されたら、議員辞職して、そのまま引退しようと思いました。それだけ重い法案だし、責任問題だから」
産後1カ月で衆院は解散し、そのまま選挙に突入した。選挙カーに乗りながら3時間おきに搾乳してクーラーボックスに入れて保存し、息子に与えた。
今は平日は、地元に住む実家の両親に子どもの面倒を見てもらっている。火曜に上京して金曜に戻る生活だ。
「ほかにやり方がないから。できる限りのことを日々ベストを尽くしてやるだけ。それ以上でもそれ以下でもないんです」
民主党の西村智奈美衆院議員(41)の夫、本多平直さん(43)は前衆院議員。05年の郵政総選挙で落選し、今は国政復帰めざして活動中だ。
本多さんも西村さんと同じ民主党で、当選同期。議員会館の事務所が隣同士だった。
結婚したのは昨年秋で、本多さんは浪人中。ご本人は、
「そういうことにこだわってたら、結婚しませんよ(笑い)。女性も仕事と家庭を両立できる社会を、っていうのが自分の主張なわけだし」
夫の票にならない妻
西村さんには迷いもあった。
「地元で政治活動できる人が妻になるんだろうなあ、と。結婚しても1票にならないから、規格外だと思いました」
結婚式で、西村さんは、
「何をおいても本多平直を必ず当選させる」
とあいさつした。
選挙区は、本多さんが埼玉、西村さんが新潟。お互い忙しいから、ふと気付くと数週間すれ違ったままだったりする。だから、週に1回は会おうと決めた。会うたびに2人で手帳を突き合わせて次に会う日程を決め、埼玉と東京を行き来する。
昨年の大みそかは埼玉で2人で過ごした後、未明の0時半に西村さんが夜行列車に乗り込んで地元新潟に向かい、そのまま朝の年賀状配達式に出席した。
新婚旅行は、本多さんの当選後にとってある。子どもは、
「年齢的なこともあるので、できるだけ早くつくりたい」
いつもいろいろな情報ありがとうございます。このような記事をみるときにいつも思うのですが、国会議員の先生方は大変だけど当たり前(この程度の産休で結構と考えていらっしゃるのか)、あるいはだから女が国会議員になるのは・・・・と感じていらっしゃるのかどっちなんでしょう。出産をなさった議員も選挙民も、それは大変だけどしょうがないと思っているのでしょうか。個人的には国会議員にも長期の産休、育休の権利を認める法律を提出してもらって、国会でどんな意見が出るか聞いてみたい気がします。おそらく認められないと思いますが、少子化対策といいつつ国の最高議決機関でもこのような実態であるならば、女性産科医の職場復帰支援も絵に描いた餅(女性産科医だけでなく、当然育児に参加したいすべての人にとって)にしかならないのでしょうか。この記事の真意ってなんなんでしょうね
投稿情報: ちいさな病院の医局長 | 2008年6 月 1日 (日) 13:42
はじめまして。
国会議員の産休問題は、確か高井氏の時に割合大きく報道されたので、記憶にあります。
報道された中で、市中の声として「認めるべき」という声の一方「長期の産休は選挙区の有権者の意思を代表して代理するという議員の役割に鑑みて考えさせられる」という慎重な声も、性別・年齢を問わずあるようでした。
今の政治体制に於いて有権者は自らの意思を、選挙した議員に付託するしか国政に対して主権者としての責務を行使する術は無いわけで、その点について後者の意見も直ちに切り捨てる訳にはいかないのだろうと考えさせられました。
「産休中の議員に委任状によって議決に参加させればいいだろう」というような単純な話で決着するわけでもないようで、色々考えさせられる話でした。
投稿情報: 素人の浅知恵 | 2008年6 月 1日 (日) 18:28
夜の会合中も、子どもからのメールはまめにチェックして即、返信。
ずいぶんお気楽な会合ですねぇ。
ま、議員なんて国会中に寝てても勤まるくらいですから、メールしながら起きてるだけマシか。
投稿情報: S | 2008年6 月 1日 (日) 19:22