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(投稿:by 僻地の産科医)
こちらも早剥の文献です。
なな先生のブログがすばらしいです(>▽<)!!
本当にこわいんですよね。私も最近経験しています。
【関連ブログ】
常位胎盤早期剥離の経験
ななのつぶやき 2008.05.15
http://blog.m3.com/nana/20080515/1
切迫早産と鑑別すべき産科合併症
前田隆嗣 上塘正人
(周産期医学 vol.38 N0.2 2008-2 p179-183)
はじめに
腹痛,腰痛,性器出血など切迫早産の臨床症状は非常に多彩であり,診断を誤りやすい鑑別疾患が多数存在する。鑑別の必要な産科合併症としては常位胎盤早期剥離(早剥),前置胎盤,前置胎盤などといった周産期予後が非常に悪く,最も緊急性の高い疾患が含まれている。ここでは切迫早産との鑑別が必要な疾患の中で最も重篤な早剥,前置胎盤および前置血管について述べる。
常位胎盤早期剥離
早剥は妊娠後半に起こる性器出血の原因となる疾患の中では最も重篤なものの一つである。症状は激烈である場合が多く,未だに周産期の母児の死亡や児の重篤な後遺症を引き起こす重要な原因である。発症初期の早剥の症状は性器出血や頻回な子宮収縮など,切迫早産や前置胎盤と酷似しており,超音波診断装置や胎児心拍モニターの発達した現在であっても鑑別が困難である場合も少なくなく,最も注意が必要な疾患である。
1.病因
早剥は、典型的には基底脱落膜内の一部の母体血管の破裂が原因と考えられている。破綻した血管は出血を引き起こし,脱落膜の血腫を形成する。これが原因となって胎盤の剥離が起こる1)。早剥は出血が羊膜と脱落膜の間を通って外子宮口から膣内へ出血を認めた場合、“revealed hemorrhage" と呼ばれる(図IA)。これより発生率は低いが,血液が胎盤の後面に蓄積され明らかな外出血が認められない場合、“concealed hemorrhage" の早剥と呼ばれる(図IB)2)。
このように,出血が胎盤後部に隠されている場合もあるので,性器出血がない場合でも早剥を鑑別診断から除外することはできない。
2.発生頻度
おおむね発生頻度は200分娩に1例といわれる3)。最近の疫学調査では発生頻度は単胎では1,000分娩に5.9~6.5,双胎では1,000分娩に12.2である4)。次の妊娠で再発する頻度は10倍に増加すると報告されている4)。
3.臨床症状
早剥では少量の性器出血から母の播種性血管内凝固や子宮内胎児死亡(IUFD)まで幅広い臨床症状を認める。一般に関連する症状は性器出血(Hurdらは78%に認められたと報告している),背部痛,胎児心拍モニター上胎児仮死の所見,子宮の過剰あるいは痙攣性の収縮などといわれている4.5)。剥離面積が症状を呈さない程度の小さいものであっても外出血が多量になることがある。逆に稀ではあるが,外出血がないにもかかわらず,胎盤は完全に剥離してしまっており,IUFDとなってしまうこともある。産科学の代表的な教科書,Williams obstetricsでも稀な例として,鼻出血を訴えて受診した症例が紹介されている。腹痛や性器出血など早剥を疑うような所見は全くなく,前日の夜まで胎動があったにもかかわらず胎児はすでにIUFDであった。この妊婦の血液は全く凝固せず,血漿のフィブリノゲン値は25 mg/dLであった。出産時に100%剥離した早剥を診断されている3)。早剥の症状および重症度の多様さが伺える例といえる。当院でも最近,症状に乏しく診断に苦慮した早剥の症例を経験した。症例は以前の妊娠3回のうち2回は早剥の診断のもと帝王切開で分娩した。性器出血と子宮収縮で受診し,受診時には超音波診断では特記事項を認めなかった。約12時間後,胎盤後血腫を疑うlow echoicな部位を胎盤の後部に認め(図2),その後拡大し,子宮の圧痛も出現したために妊娠32週で帝王切開を施行した。胎盤後血腫を認めたために単価と診断した。その他に術中にはCouvelaire子宮も認めた。
4.診断
早剥の診断は臨床的に行われ,出産後に胎盤を検査して確認される。出生前の超音波診断は早剥を診断するには感度が低く,臨床的に剥離を疑っても超音波診断では陰性となる場合も少なくない。Hurdら5)は前方視的検討で早剥のうち22%の症例ではその性器出血や腹痛などの症状のために,胎児死亡や胎児仮死が出現するまで切迫早産と診断されていたと報告している。しかし超音波診断は前置胎盤や多量な胎盤後血腫の鑑別に有用である。早剥は軽症例では出産後に胎盤の検索での肉眼的な血腫の付着のみ認められる場合もある。排出後の胎盤を検査する場合,肉眼的な血腫などの所見ができるのにはしばらくかかることを考慮する必要がある1)。
5.予後
重症の早剥では産科や新生児の治療がこの数十年前で発達したにもかかわらず母親や周産期の予後はほかの疾患ほど改善していない。母体の症状は輸血を必要とするような出血,腎不全,DIC,感染の増加および最重症では母体死亡となる2)。
児の予後は単胎妊娠での後方視的研究で,死産の修正相対危険度が8.9倍,早産の危険度が3.9倍,子宮内胎児発育遅延の危険度が2.0倍高いと報告されている4)。
前置胎盤
妊娠中期以降および分娩時の性器出血の重要な原因として前置胎盤がある。前置胎盤もまた早剥と同じく未だに周産期の母児の死亡や重篤な合併症の原因の一つである。切迫早産や早剥との鑑別は重要であるが,近年では超音波診断,とりわけ軽膣超音波の発達により,多くの症例で妊娠中期までにあらかじめ疑いをもたれており,以前より大出血が始まってから診断されることは少なくなってきた。ただ,切迫早産や早剥との鑑別が困難である場合もあり,注意が必要な疾患である。
1.病因
前段胎盤は胎盤の位置により全前置胎盤,部分前置胎盤,辺縁前置胎盤の3段階に分けられる3.6)。子宮口の開大により,子宮下部と胎盤の一部の剥離が起こり,これによって破綻した子宮下部の血管より,度々短時間に大量の性器出血を引き起こす。日本産科婦人科学会の定義では低置胎盤は含まないことになっている6)。
2.発生頻度
発生率はおおむね300~390分娩に1例(約0.26~0.33%)と報告されている3)。
3.臨床症状
古典的にいわれている前置胎盤の臨床症状は妊娠中期以降の無痛性の性器出血である。妊娠後期に出血を認めた場合前置胎盤と早剥を常に疑うべきである。超音波診断などの適切な検査を施行するまでは前沢胎盤の可能性も考慮しておく必要がある7)。
4.診断
内診で子宮口を越えて指を入れ,胎盤を触れるのが臨床での前置胎盤を確実に診断する古典的な方法である3)。このような子宮口を通した内診は例え慎重に内診しても激しい出血を起こしかねず,緊急帝王切開のすべての準備が整った上でなければ許されない方法である。ただし近年,胎盤の位置はほぼ確実に超音波診断で確認できるため,このような危険な方法での検査はほとんど必要なくなりつつある3)。前置胎盤の最も容易で安全な検査方法は経腹超音波診断である3)。ただし,この方法では疑陽性となることもあり,前置胎盤を診断するには幾分不正確である3.7)。 Farine 8)は経腹では70%のところ,経膣超音波で全症例の内子宮口を描出することができたと報告した。ほかにも前置胎盤の診断目的では経腹より経膣超音波が優れているということが示されているフ)。
経膣的超音波の優越性は以下のような要因によると考えられる7)。
1)経腹超音波では膀胱が充満している必要があり,前壁と後壁が子宮下部で近接して通常の位置の胎盤をあやまって前置胎盤と診断してしまうことがある。
2)経膣プローブは,検索部の近くにまで進めることができ,経腹プローブよりも高解像度の画像を得ることができる。
3)内子宮口と胎盤の下端を経腹プローブでは鮮明に描出できない場合も多い。
4)経腹的アプローチでは児頭によって,胎盤の下端はあいまいな描出となり,胎盤が後壁にある場合適切な検索ができない。
経膣超音波の使用により,前置胎盤の診断の正確性は上がったが,超音波のプローブを前置胎盤の患者の膣内に入れるのは危険と考える産科医も少なくない。しかし,指を子宮口内まで挿入する内診と異なり,経膣プローブは前膣円蓋部に向かって挿入されること,子宮頚部を描出するのに最適なプローブの位置は子宮頚部から2~3cm離れた部位であり,胎盤に触れるような場所ではないことなどから出直の量が増加することはほとんどないとする報告もある9)。それでもなお,検査は経験を積んだ者が行い,経膣プローブは常に慎重に挿入し,モニターで子宮頚管内に入っていないことを確認しながら行わなければならない7)。
5.予後
前置胎盤の合併症は分娩前の出血(relative risk [RR]9.81),子宮摘出(RR 33.26),分娩中の出血(RR 2.48),出産後の出血(RR 1.86),輸血(RR 10.05),敗血症(RR 5.5),血栓性静脈炎(RR 4.85)などである.米国での前置胎盤での母体の死亡率は0.03%と報告されている7)。
前置血管
1.病因
臍帯が卵膜に付着すると,臍帯血管は卵膜と脱落膜の間を走行する。その際,臍帯血管が内子宮口周辺を通っている場合には,分娩時の胎胞形成や破水により血管が破れ,胎児から出血し,胎児ジストレスまたは胎児死亡を招くことがある6)。分娩前あるいは分娩中の性器出血を認めた場合,前置血管の可能性はいつでも存在するため,切迫早産で治療中の症例ではその鑑別は重要である。
2.発生頻度
2,500~5,200分娩に1例といわれている10,11)。その約半分は臍帯の卵膜付着に合併しており,残りは近縁付着,二葉または副胎盤を合併していた11)。
3.臨床症状
前置血管は,診断できていない場合には周産期死亡が60%にも達する11)。破水と同時に胎児血管まで破裂し,胎児は大量に出血し死亡する危険性が高い11)。母体にとっては比較的少量の出血であっても胎児には致命的な場合がある。また,出血前であっても胎児の先進部による卵膜上の保護されていない血管の圧迫でも胎児ジストレスや死亡の原因となり得る。当院でも最近,妊娠27週の切迫早産のために母体搬送された症例で,子宮収縮増強時に変動一過性徐脈(図3)が頻発し,その原因検索の経膣超音波で前置血管を診断した症例を経験した。
4.診断
破水特に性器出血を合併し,胎児仮死か胎児死亡に陥った後に診断されるのが一般的である。ごく稀に子宮口を介しての内診で指が膜上を走行する胎児血管をふれることによって診断される。Apt試験やKleihauer-Bettke試験は前置血管の補助診断として使うことができる10)。破水に伴う出血,特に胎児心拍モニター上徐脈やsinusoidalパターンが出現した場合,産科医は前置血管の破裂を強く疑う必要がある7)。 このような場合,ほとんどは緊急帝王切開の適応となり血液検査の施行は困難である場合が多い。
近年,前置血管は超音波で出生前に診断できるという報告もある11)。通常のBモードでの検索では感度が低く,妊娠中期の低置胎盤,二葉胎盤,副胎盤,多胎,体外受精による妊娠などといった前置血管の危険性が高い妊婦や,臍帯付着位置を確認できない症例では特にカラードプラ法やパワードプラ法での子宮下部の精査が勧められる10.11)。
5.予後
155例のOyeleseら3)の検討では,前置血管を出生前診断することにより生存率は44から97%に上昇すると報告されている。
おわりに
切迫早産の臨床症状は腹痛,腰痛,性器出血など非常に多彩であり,診断を誤りやすい疾患には上記のように,対応次第では母児両方に重大な結果をもたらす疾患が多い。このような疾患を安易に鑑別診断から除外せず,子宮収縮抑制薬の投与,胎児心拍モニターの中止などは慎重に判断すべきである。また,周産期予後が非常に悪く,最も緊急性の高い帝王切開などの迅速な対応が要求される疾患もあり,管理には十分な注意が必要である。
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