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(by suzan)
外界事情51
ジエチレン・グリコール
矢沢珪二郎
ハワイ大学医学部産婦人科(Clinical Professor)
(産科と婦人科・第74巻・12号 1670-1671)
約10年ほど前、パナマで薬剤による子どもの死亡が相次いだ。その薬剤の製造元を調べるとある中国の製造会社に行き着いたが、その決着は、いまだに謎である。これと同じ事件が、10年後にハイチで起き、100名以上の数の子どもたちが死亡した。アセトアミノフェンを主剤とする子ども用の熱さましシロップに、グリセリンの代わりにジエチレン・グリコールが使用されていたのが原因であった。ジエチレン・グリコールは薬用のグリセリンより安価に生産できるが、その粘調度や色など、見たところ両者の区別はできないほど似ているという。その区別には薬品分析が必要である。ジエチレン・グリコールは自動車用の不凍液に使用されている。
米国の食品薬品局(FDA)が調べてみると、その製造元はまたしても中国の化学会社で、それが国営の貿易会社であるシノケム(Shinochem)国際化学会社を通して、純正グリセリンとしてヨーロッパに輸出され、最終的にハイチの製薬会社で使用されたものであった。ヨーロッパでこの製品は何回も転売されたが、転売の度に、その前の売り手の名前は証明書から抹消されていた。これは、お得意様を失わないための業者の常套手段で、転売者が購入した、前の売り手を明かすことにより購入者が次回には(より安い)その前の売り手から直接購入してしまうのを防ぐためである。これは中立化(neutralization)と呼ばれている業界手段であるという。
ハイチにこの薬剤を輸出したオランダのVos社はオランダ政府から2500万ドルの罰金を科せられた。Vos社はこの製品をテストし、それが不純なものであることを知りながら、それを輸入したハイチ側には何の通知もしなかった。
2007年5月、やはり中国で製造されたジエチレン・グリコールの入った歯磨きが米国内で市販されているのが判明し、製品は回収された。このジエチレン・グリコール入りの歯磨きは日本を含む数カ国で発見されていることは、日本の新聞にも報道された。
これらの「事故」により、インドでは数十人の子どもが死亡した。バングラディシュでは1892~1882年の間に数千人の犠牲者が出た。ハイチで犠牲者が出始めた1995年、ニューヨークに到着した284本のドラム缶には「98%純正グリセリン」と記されていたが、調べてみると、ジエチレン・グリコール入りであった。
米国FDAは中国の関係者に連絡したが、中国の秘密主義の鉄壁によって捜査は見事に阻まれた。工場の訪問は許可されず、問い合わせの手紙には返信はなく、FAXを送ってもなしのつぶて、電話はいつも話中で埒が明かなかった。懸命な努力の結果、最後に、その製品は大連のTaihong精密化学によって製造されたことが判明した。FDAの係官が派遣されたが、そのときすでに遅く、その化学会社の製造設備は閉鎖されていた。それ以上の追求は無理と思われた。
「これらの問題解決のために、中国政府が透明性の保たれた、開かれた環境を整備しない限り、このような問題は将来も繰り返されるだろう」とあるFDA係官は述べている。
Source. New York Times June 127, 2007.
"As FDA Tracked Poisoned Drugs, A Winding Tail Went Cold in China."
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