(関連目次)→医療を理解するには 医療訴訟の現状 目次
(投稿:by 僻地の産科医)
すばらしい論文がありましたので、御紹介しますo(^-^)o..。*♡
著者の中井先生に、メールをさしあげたのですけれど、
1.基本的には、今の産科の医療を守り、ひいてはお母さんと赤ちゃんは守りたい。
2.しかしながら、今の産科医療資源の枯渇は、限界を超えたと認識している。
3.臨床研修制度や医局制度の崩壊、医療従事者の生活の確保など、色々問題はありますが、一つ一つに真摯に向かい合わなければ、この問題は解決しない。
4.そのためには、できることとできないことをはっきりさせる…医学的に可能なことと現在の医療資源で可能なこととの違いをはっきりさせるととも、最善の医療を広く行うためにかかるコストを明確にし、どんな医療をその享受者が求めているのかを明確にする。
5.4.と関連して、現在の医療資源では不可能なことをはっきりとさせ、その責任の所在を明確にする必要がある。
と感じていらっしゃると仰っていました。
できることとできないこと。緊急帝王切開にかけられる時間っていうのはその顕著なものです。
ぜひぜひご覧くださいませ。
(著者の方々、大阪府内主要大学すべてから出ているところにも注目です!)
緊急帝王切開術に要する時間の実態 中井 祐一郎 亀谷 英輝1) 荻田 和秀2) (産婦人科治療 2007 vol.94 No.2 p197-200) 大阪府下において産科診療(分娩)を取り扱う病院標榜施設を対象に,緊急帝王切開の準備に要する時間を調査した.各施設の産(婦人科)科部長に対するアンケートでは,すべての時間帯において所謂30分ルールの実施できる施設は,56施設中わずか2施設に過ぎず,悪条件下においては,多くの施設で平日日勤帯では1時間以内,そのほかの勤務帯では2時間以内の執刀を想定していることが明らかとなった.この原因として,時間外における産科医のみならず麻酔科・小児科医・看護スタッフの召集はもとより,総合病院においては平日日勤帯の手術室確保も課題としてあげられており,病院経営の効率化による影響が示唆された.これらは,産科医など現場の努力では最早解決できない問題であり,国民的議論を喚起する必要があると考えられた. ● はじめに 本邦の周産期死亡率は,昭和54年の21.8から平成16年には5.0となり、世界的にもトップの位置を占めているが、これには新生児管理技術や胎児評価技術の向上とともに、急変する胎児の状況に対応した緊急帝王切開により救命された児の存在も大きく貢献していると思われる. ● アンケート調査対象と方法 ● アンケート調査の結果 回答は、アンケートを送付した71施設中56施設から回答を得た.回答率は,78.9%であり,その内訳は公立(準じるものを含む)18施設,私立33施設であり、大学附属病院では5施設すべてから回答を得た. ● 考 察 今回,われわれが施行した調査は,実時間に関するものではなく、各施設の部長が各種条件下で想定している緊急帝王切開決定から執刀間始までの時間であり、かつ幅を持った選択肢からの回答であり、その意義については限界があると考えられる.また,大阪府という限られた地域におけるものであり、前記調査と直接比較することは妥当とはいえないが,各施設の産婦人科部長は、平日日勤帯に限れば、条件さえ良ければ69.6%の施設が“30分ルール”に則れるが、悪条件下ではわずか10.7%しか30分以内の執刀はできないと考えていることが明らかとなった.また、休日の夜勤帯には、良条件下でも33.9%、悪条件下では大阪府下でわずか2施設すなわち3.6%の施設の産婦人科部長のみが“30分ルール”を担保することに自信を持っているに過ぎない.この結果と産科医のほか、昨今の周産期医療に係わる新生児科,麻酔科医の枯渇状態を併せると,緊急帝王切開術施行の際の機動性は、ここ数年で明らかに悪化していると結論付けることに問題はないと考える. 一般に,医療では総合的な意味での安全性と経済性が要求されるが,とくに緊急医療の安全性においては医療資源の量に依存するところが大であり、この2つは現実的には相反することが多い.とくに,ここに取りあげた緊急帝王切開の問題では,医療者の数によって手術の安全性は高まると考えられるが、その確保のために要する時間の延長は,明らかに胎児・新生児の安全性を低下させる因子となる.これを両立させるには,一定の技能を持つ医療者の待機を図るばかないが、そのコストの吸収のためには分娩の集約と待機コストの負担システムの確立以外に方法のないのが現状であろう.事実、24時間体制で“30分ルール”を担保しえると答えた2施設は,大規模NICUを併設し年間1,000件以上の分娩を扱う施設であったことは、この仮説を強く裏付けるものである. ● おわりに 謝 辞
一大阪府下病院調査より-
依岡 寛和3) 堂 國日子4) 松尾 重樹5)
大阪市立大学大学院医学研究科生殖発生発育病態学 助教授
1)大阪医科大学産科婦人科学教室講師
2)大阪大学大学院医学研究科器官制御外科学(産科婦人科学)
3)関西医科大学産科婦人科学教室
4)近畿大学医学部産科婦人科学教室 講師
5)大阪市立総合医療センター産科 部長
しかしながら,一般社会からの産科医への要求は高まるばかりであり、緊急帝王切開の遅延をもって、民事上の責任を追及されることもまれではないのが実情であろう.
今回、われわれは大阪府下の病院標榜施設を対象に,緊急帝王切開術施行の現状についてアンケート訓査を行ったので、若干の考察を加えるとともに、現在の産科医療者が担保し得る緊急帝王切開術の状況について検討する.
本アンケート調査は,大阪府下における緊急帝王切開術施行における対応の状況を明らかにすることを目的とした.大阪産婦人科医会名簿(平成17年度版)に置いて、会員医師が勤務する病院標榜施設71施設を対象としたが、明らかに分娩を収り扱ってない施設は除外した.アンケートは.その目的を明らかにするとともに匿名性を保証したうえで,各施設の産婦人科部長宛に郵送で行った.調査期間は,平成17年6月である.なお、有床診療所については、今回の検討からは除外した.
アンケート調査の内容は,各施設の設立主体などの基本情報に加え、平日・休日の別,および日動帯・夜勤帯の別に,4つの時間帯に分け,それぞれ最良の条件下(良条件)と最悪の条件下(悪条件)での帝王切開決定から執刀開始までの想定最短時間を調査した(表1).
なお,良条件とは.偶発的に必要な医療者が在院しているなどの現実的にあり得る好条件下を想定して回答を求めたが,所謂ダブルセットアップの条件ではないことを確認した.また、悪条件は.手術室の問題や麻酔医・小児科医なども含め、緊急呼出しに必要な時間を想定して回答を求めた.
回答については,上記のような仮定の条件下で各施設の産婦人科部長が予想する想定時間であり、詳細な時間の回答は無意味であると考え、
①30分以内,②30分~1時間、③1~2時間,④2~4時間、⑤4時間以上の5段階での回答を求めた.また、分析の都合上、①から⑤の回答に対して順に5~~1点を付加して比較・検討を行った.
表2に全56施設における良・悪両条件下での緊急帝王切開執力に要する想定時間を纏めた.回答を得た大阪府下56施設のなかでは、すべての時間帯において所謂“30分ルール”を担保できる施設は.わずかに2施設しかないことが明らかとなった(表2).各設立主体別の検討では,明らかな差はみられなかったが,一部の大規模総合病院で,平日日勤帯の悪条件下での遅延が特徴的であった.
良・悪両条件下での緊急帝王切開執刀に要する想定時間に関して,施設の年間取扱い件数との関係について,表3にその平均点をまとめた.
また、その特徴を如実に現している年間分娩数1,000件以上の10施設と201~400件の13施設について、アンケートの結果を比較して、表4~5にまとめた.明らかに,分娩数の多い施設において,緊急帝王切開実施に要する時間が短いことが判る.
緊急帝王切開術については、所謂“30分ルール”といわれるものが存在するというのが,何かしらの暗黙の丁解となっているが現状である.事実、本年4月に公表された日本産科婦人科学会産婦人科医療提供体制検討委員会の中間報告においても、その将来像としで30分ルール”の整備について言及している.
この“30分ルール”については、佐藤らは,世界保健機関(WHO)の基本的ケアに関する記載や米国産婦人科学会(AC0G)における勧告に由来することを指摘している。しかしながら、彼らは,欧米の文献の渉猟により,帝王切開の決定から執刀までの時間が30分以内にできたものは、50~90%とさまざまな報告があることやその平均値または中間値についても12~60分と施設の状況によってさまざまであることをも明らかにしている.
本邦での同様の調査には、佐藤らの調査と旧日本母性保護医会による“産婦人科勤務医の診療体制に関するアンケート”があげられる.前者の調査によれば、日勤帯の場合には52.2%,夜勤帯では29.6%か所謂“30分ルール”に則ることができるとされる.しかしながら、この調査は日本産科婦人科学会周産期委員会の周産期登録期産科施設265施設(回答数は182施設)を対象にしたものであり,周産期または産科診療に対して一定のレベルを超えた施設におけるものであると推測される.また,旧日本母性保護医会における552施設における調査では,日勤帯の最短・最長時間の平均値はそれぞれ27.0分と51.2分とされ、夜勤帯においてはそれぞれ38.1分および65.0分とされている.
さらに興味深いこととして,大規模総合病院における緊急帝王切開遅延の理由として、平日日勤帯における手術室の利用効率の上昇に伴う、緊急時の空室の欠如を指摘するものも多かった.事実,母体搬送受け入れ時に,産科・新生児科の状況のみならず麻酔科や手術室の利用状況が可否決定因子になりつつあることは,まさに病院経営の効率化による影響である.
大阪府には,人口880万人が,南北86km,東西60kmの約2,000k㎡という狭隘な面積に居住しており、府下の出生数は平成15年度の81,000から17年には76,000と漸減しつつある.また,摂津・河内・和泉の旧3力国から構成されるものの,地政学的にはぼば単一平野によっており,その中央に位置する大阪市を中心に放射状交通網が整備されている.また.域内に5つの医師養成大学を有し,近隣の府県に存する大学の関連病院も多いという比較的条件に恵まれている大阪府下においてすら、最早“30分ルール”は担保しえないのは明らかである.緊急帝切が予測される妊婦は、あらかじめそれが可能な病院への紹介を要するとの考えがあるが,大阪府下では最早それすら不可能であるといわざるを得ない.
事ここに至った理由は,周産期医療に携わる産科医・新生見科医・麻酔科医の枯渇や医療享受者の過剰な期待とともに、周産期医療の安全性確保に不可欠な医療資源の待機が医療の効率性追求により破綻したことに,大きくは集約されよう.この状況は.最早医療者が解決できるレベルではなく,周産期医療における安全性と経済性,そして利便性をどのように調和させるのかを、国民的議論に委ねるほかないのではないだろうか.そのために,われわれ医療者は、残された医療資源の現状を明らかにして指示するとと削ニ.今現在可能なことと不可能なことを明らかにしてゆくことがその責務であると考える次第である.
本アンケートにご協力頂いた大阪産婦人科医会(会長:岩永啓先生)の諸先生方に深謝するとともに,折角のご回答にもかかわらず、その公表が遅くなったことを深くお詫びします.
大阪の先生方、GJです!「できないことはできない」と、はっきりさせることは大事ですよね!
でないと非現実的な「期待権の侵害」とやらで賠償を命じられる事態が後を絶ちませんもの。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2007年12 月22日 (土) 14:01