(関連目次)→未集金について考える 未受診でいるリスク
(投稿:by 僻地の産科医)
今週の読売ウイークリー
発売日・11月12日(月) 2007年11月25日号
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産科崩壊特集の続編ですo(^-^)o !
獨協医大初調査
「飛び込み出産」 過半数が「産み逃げ」
(読売ウイークリー 2007年11月25日号 p18-19)
大屋敷英樹
出産前に一度も健診を受けないまま医療機関に駆け込んで赤ちゃんを産む「飛び込み出産」。格差問題や産科医不足が指摘されるなか、母子の生命にもかかわりかねないと注目され始めたが、なんと意図的な「産み逃げ」もあるのだという。
過半数が未払いで、未払い金額は141万円を最高に延べ2000万円――産科崩壊について3回にわたって追及してきた本誌は、飛び込み出産をめぐって、渡辺博・獨協医科大学教授(総合周産期母子医療センター長)から、こんな驚愕の調査結果を得た。
渡辺教授は、1997年1月から今年8月までに同医大病院(栃木県壬生町)に救急車などで来院し、飛び込み出産した母親99人(うち2回出産5人)について、さまざまな角度から調べた。その結果、54人(55%)が出産費用を全額、もしくは一部未払いだった。個々人の未払い金の合計は、なんと1973万円にも上っていた。
なぜ未払いとなったのか。理由は、「貧窮して借家を追われて車中生活をしていた」『DVで夫から逃げてきた」「投げやりで母親になる意識が低い」「不法滞在の外国人」「妊娠がわかっても、親に打ち明けられず中絶の機会を失った」――などさまざまたった。
しかし、なかには「確信犯」もいた。渡辺教授が嘆く。
「お産の後、『医師や看護師の態度が悪い。こんな病院に金が払えるか』などと強硬に難癖をつけて、そのまま帰ろうとする産婦の夫がいました。学校で問題になっている『モンスター・ペアレント』と同じような人たちです。緊急時に必死で処置したのに、なんともやり切れませんでした」 ある総合病院の産科医も、こう明かす。
「飛び込みで来院して出産後、『先生、私お金ありませんから』と悪びれずに言った20歳くらいの女性がいました。女性は出産費を踏み倒した上、生まれた新生児を置いて消えてしまった。住所不定で定職もないので連絡も取れず大変困りました」
子どもは乳児院に引きとられた。同様ケースは数例あったという。まるで“産み逃げ”である。それでも、「医師法上、お金が払えないからといって診察を拒否することはできない」(厚生労働省医事課)という。
「これは産科医療というより、モラルの問題です」
飯田俊彦・済生会宇都宮病院産婦人科診療科長は、そう話す。 「貧富の格差拡大や景気後退、就職難、若者の責任感の欠如といった社会的ひずみが産科分野に象徴的に表れているのでしょう。背景が根深いだけに解決は難しい。飛び込み出産は今後も増えると思います」
妊婦、医師ともに高いリスク
ところで、言うまでもないが、飛び込み出産は、妊婦にも子どもにもとても危険だ。
前出の渡辺・獨協医大教授の調査によると、出産104件(出生児は双子2組を含め計106人)のうち、正常分娩は74件(71%)に過ぎない。自宅分娩6件、自家用車や救急車などで生まれた4件も含めてこの数字で、通常の9割弱という数字に比べ、格段に低いのがわかる。
生まれた子どものうち、43人(41%)は出生体重が2500グラム未満の低出生体重児か、健康状態が悪くてNICU(新生児集中治療室)管理になった。死産や早期新生児死亡は5人で、周産期死亡率は全国平均の10倍前後となった。母親99人のうち、中高生を含む10代が11人、未婚者は16人いて、出生後に11人の新生児が乳児院送致となった。
母子ともに、こんなに危険な飛び込み出産は増加傾向にある。
神奈川県産科婦人科医会の調査によると、県内の8基幹病院(総合周産期母子医療センター)の飛び込み出産は、2003年に20件(うち救急車来院12件)だったが、06年には44件(同27件)と倍増。今年も4月までで35件と100件にも達する勢いだ。
調査結果をまとめた平原史樹・横浜市大医学部教授は、
「『お産は危険じゃないから妊婦健診に行かなくても大丈夫、突然のお産にも処置してくれるのが当然』という意識の人が多い。飛び込み出産はその典型です」 と指摘している。
かかりつけ医がいない場合、陣痛が来てから救急車を呼んでも、受け入れ先病院を見つけるのは大変だ。
総務省消防庁と厚労省が行った全国の消防本部を対象にした実態調査によると、昨年、妊婦の救急搬送を断られた4904件のうち、受け入れを拒否した医療機関の理由として、148件(3%)が「初診(かかりつけ医がいない)」を挙げた。
受け入れ拒否が多かった10都道府県のうち、神奈川や茨城など7都道府県での主な拒否理由は「初診」だったという。奈良県で8月、救急搬送を16回断られて死産した妊婦も、かかりつけ医がいなかったケースだ。
大阪府には、かかりつけ医がいなくても受け入れ可能な高機能病院に搬送するコンピューターシステムがあり、搬送が効率化している。しかし、このシステムを整備している自治体はまれで、前出の平原教授は、「救急隊員から切羽詰まった声で『どこも引き受けてくれません』と受け入れ要請の電話がかかってきます」と話す。
しかし、前述の通り、飛び込み出産には、未払いのリスクも伴う。千葉市健康医療課は、
「市立病院の出産費未払いは市の負担になり、医療事故があれば訴訟を抱え込むリスクもある。市税を使ってそこまで態勢を整備すべきなのか、あるいは人命尊重の立場から整備が必要なのか、多くの意見が出ており、方向性を検討している」。
万難を排して受診を
妊婦健診の必要性は、産科医の意見を集約するとこうなる。
「妊婦健診を受けていない妊婦は、正確な妊娠週数、胎児の発育状況や胎盤の位置もわからず、HIV、B型・C型肝炎、結核などの感染症、ぜんそく、腎炎、高血圧など合併症の有無もわからない。感染症があれば、医師や看護師、ほかの妊婦、赤ちゃんへの二次感染の恐れもある」
妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)や切迫早産、前置胎盤などは危険な出産となるため、医療事故も起きやすい。裁判ざたにもなりかねない。結局、緊急手術や低出生体重児などに対応できる産科、小児科や高度の医療機器を備えた病院でないと、飛び込み出産を受け入れることができないのだ。慢性的な医師不足のなか、こうした病院は周産期母子医療センターなど極めて限られている。
ただし、経済的事情から健診費用が負担となり、受診できない妊婦もいる。妊娠・出産は病気ではないため、自費診療扱い。初診から出産までに通常13~14回受診するが、血圧測定や血液・尿検査、超音波検査など1回当たり5000~1万円程度かかるためだ。
厚労省は今年1月、妊婦健診の公費負担を5回程度とするよう各自治体に通知を出した。それでも、産婦人科医側は5回では十分とはいえず、少なくとも10回は受けてほしいという意見が多い。数十万円かかる出産費用も生活苦の人には負担だが、健康保険で助成される出産育児一時金は35万円程度(健保や自治体によっては付加給付も)で、それをも生活費に回すことが少なくない。
出産ジャーナリストの河合蘭さんは、
「お産できる医療機関が激減し、通院にも一苦労する時代になりましたが、妊婦自身の安全・安心のためにも、健診を受けるのが命を宿した人の責任。経済的事情のある妊婦には、行政が手厚い支援を行ってほしい」 と訴える。産科崩壊が進み、お産環境は急速に悪化している。「産み逃げ」がはびこるのは、さらにゆゆしき事態だ。
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