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(投稿:by 僻地の産科医)
読売ウィークリー 2007年9月30日号 9月15日(土)発売
新シリーズ「医療砂漠」を行く 第1部・産科
千葉、奈良だけじゃない
お産難民50万人時代
産院「空白」地図
なぜ横浜の妊婦がへりで千葉・鴨川へ
悲劇は再現か「打つ手なし」の奈良
「全国最悪」埼玉の実態
今、離島は? 北海道・利尻島ルポ
今回は北海道の離島ですo(^-^)o。
へき地の妊婦の窮地 検診は船で1時間40分
(読売ウィークリー 2007.9.30発売号 17-19)
産科医不足の影響は、へき地に住む妊婦を想像できないほどの窮地に追い込んでいる。日本最北端の北海道稚内市の西沖53キロ、礼文島とともに日本海に浮かぶ利尻島(人口約5770人)。島の中央に「利尻富士」の愛称で呼ばれる利尻山(標高1721が)がそびえ立ち、溶岩でかたどられた荒々しい海岸線では、無数のウミネコが飛び交う。
利尻、利尻富士の両町で構成する利尻島では毎年40~45人が出産するが、島内でお産はできない。島の中核病院「利尻島国保中央病院」(48床)に、妊婦検診のため、札幌医科大学の医師が月1回4日間、民間病院の医師3人が各1日の計7日間派遣されているだけだ。お産は、1時間40分フェリーに揺られた先の、稚内まで足を運ぶ必要がある。
妊娠7か月の主婦、西島加奈子さん(38)は、
「島に毎週、検診に来てくれるだけでもありがたいが、本当は島で産みたかったし、夫にも立ち会ってほしかったんです。でも、初産だし、実家の浜松市に里帰り出産することに決めました」
と残念そう。浜松の実家でも、最寄りの個人産院がお産を取りやめたため、車で40分かけて総合病院まで通うといい、そこでのお産でも苦労が続く。
実は、島では1997年、住民の「悲願」だった産科が開設されたことがある。それ以前は老朽化した助産施設があるだけだった。2004年度まで札幌医科大学の医師4人が毎週交代で平日診療を行い、189人の新しい命が島で誕生している。
だが、これも8年間だけで終わり、医師不足の荒波は容赦なく、北の離島を襲った。医局にも医師が足りなくなり、同大学は医師を引き揚げた。妊婦たちは以前と同じように稚内通いを始めるしかなかった。使うあてのない分娩室は今も整備が続けられ、助産師2人が病院で看護師業務を行っている。
ぬか喜びの島
産科開設8年だけ
病院を運営する「利尻島国民健康保険病院組合」組合長を務める田島順逸・利尻町長が苦しい胸の内を明かす。
「北海道庁、旭川医科大学、札幌医科大学、道内の民間病院、東京の地域医療振興協会など2年間かけずり回ったが、どうしても産科医の手当てがつきませんでした」
イザというときの切り札は、道の防災ヘリ、あるいは自衛隊や海上保安庁の救助機への出動要請だ。しかし、悪天侯のときは来てくれる保証はない。田島町長は、
「利尻島は観光地として国民に喜びと癒やしを提供していますし、ロシア国境の最前線に位置して排他的経済水域と海洋資源を確保する国家的役割を担っていますし、国の離島対策のなかで、妊婦が通院する際のフェリー運賃補助をしてもらえないものでしょうか」
と訴える。
「こんな状態では、次の子は産めない」と話すのは、2児の母で事務職員の遠藤桂子さん(33)。
「おなかが張って具合が悪くなり、船員さんの部屋を借りて横になったこともある。船内で破水し、そのまま病院で出産した人もいる。2児の子育てもあるし、精神的にも肉体的にも負担が大き過ぎます」
特に冬季は大変だ。一番船で稚内に午前10時45分に着き、最終の帰島便は午後2時発。その間、3時間15分で市立稚内病院を往復して妊婦検診を済ませなければならない。稚内に渡るため、島北部の鴛泊港に行くと、稚内発最終便の午後5時10分着のフェリーからおなかの大きな女性がやや疲れた表情で下船してきた。「初産なので、不安でいっぱい」という主婦、渡辺美帆さん(21・礼文島出身)。
「妊婦検診は朝一番の船で行っても一日がかり。今は観光シーズンなので船内は大混雑し、疲れがたまります」
利尻島、礼文島の妊婦が通うのは、稚内市周辺で唯一お産を扱う市立稚内病院(358床)。「日本最北の医療の砦」(高木知敬院長)の同病院には、近隣の町から1時問~1時間半かけて通院する妊婦もおり、年間400件前後のお産を扱う。うち利尻島、礼文島のお産は計40件だ。
そこで、利尻島出身の長女が「前日に女児を出産したばかり」と
いう母親と出会った。
「よく頑張ったね」――。島から朝一番のフェリーで駆けつけた母親は、万感の思いで娘をねぎらった。長女は切迫早産の恐れがあり、出産前に2度入退院。苦労の末の初産だったからだ。
稚内市には親戚もおらず特に最初の入院時は心細かったようで「お母さん、いつ来てくれるの」
と、よく電話がかかってきたという。それでも、病棟には島出身の同級生もおり、励まし合って乗り切ったようだ。母親は言う。
「入院費や交通費など余計な金銭的負担は数十万円に上っていますが、柳沢前厚生労働相は『女性は産む機械』とまで言って出産を奨励しながら、実際には国は何もしてくれません。テレビを見ていて、はらわたが煮えくり返る思いでした」
離島の妊婦が夜間に何かあれば対応できない。だから、離島の妊婦は、妊娠37週に入ったら、待機入院することになる。川村光弘副院長(産婦人科)は、
「病気でもない人が家族の元を離れ、時には上の子を島に残し、大部屋の病室で何週間も入院生活を送るのは大変なストレスです。妊娠38,39週ぐらいで、自分から『早く産みたい』と希望してくる人が多いです」
と言う。場合によっては、陣痛促進剤を使って出産を早めることもある。
切迫早産、妊娠高血圧症候群(妊娠中毒)、胎児異常などの症例を抱える妊婦には、もっと苦難の道が待っている。さらに施設の充実した旭川市の旭川医大病院か旭川厚生病院まで救急車で搬送されるのだ。稚内から約250キロ。東京から浜松市か福島市、大阪からは尾道市(広島県)の距離に匹敵し、「夏場なら3時間半、冬季は5時間かかる」(稚内消防署)。離島の人を含め年間10例程度搬送されるという。
高リスク妊婦
稚内から旭川へ搬送5時間
試しに、市立稚内病院前から旭川厚生病院までレンタカーで走ってみた。朝7時30分に出発し、原野や草原の続く国道40号線をひたすら南下。道央自動車道を経て、到着時問は午後0時15分。休憩を除き、走行時間は計4時間25分に上った。
北海道の辺境で、出産する人は大変なリスクを負わされている。実際、地元紙報道によると、昨年6月、天売島からフェリーで
羽幌、留萌、札幌と6時間200キロの道のりを転送された末、胎盤剥離で赤ちゃんが死亡、母体も出血多量で一時、危険に陥ったケースもあったという。
前旭川医大病院長の石川睦男・敬愛病院名誉院長は、
「長時間搬送すると、途中で生まれる可能性もありますし、出血があったときなど、万一のときは車の中では対応し切れません」
と警鐘を鳴らす。タクシーで病院へ急ぐ途中で生まれるケースも時々あり、
「あっという間に生まれる『墜落出産』では、赤ちゃんの低体温症が心配です」
と顔を曇らせる。
石川名誉院長によれば、北海道の産婦人科医は必要数の半分しかいないという。うち5割が札幌市、3割は旭川市に集中している。
上の北海道の地図をみてほしい。産婦人科医だけでなく小児科医も、札幌市や旭川市に偏在しているのが棒グラフを比べてみれば一目瞭然だ。そして産婦人科医、小児科医が少ないエリアと「早期新生児死亡率」が高い濃緑の部分がものの見事に一致しているのだ。
石川名誉院長は、「産婦人科医や小児科医の不足と早期新生児死亡率とに相関関係があるのは明白です」と強調する。北海道の調査によると、05年9月現在で、札幌には少なくとも79市町から、旭川には49市町村から妊婦が出向いて出産している。道内市町村のうち、8割近くの157市町村ではなんと出産が全くゼロ。日本屈指の"産科過疎地"である。
◇
地方では妊婦は苦難を強いられる。都会では数少ないお産施設が妊婦であふれかえり、「席取り競争」が繰り広げられている。里帰り出産を受け入れる施設も減りつつある。どうすれば日本の妊婦の目前に広がるイバラの道を取り除くことができるのか。
医師不足や医療施設の偏在などの問題が深刻化しているのは産科だけではない。病院勤務医のすさまじい超過勤務など、「医療崩壊」の実態はいったいどうなっているのか。「お産難民」発生を防ぎ、医師や患者たちを困難な状況から救うにはどんな手だてがあるか。本誌は、それらを徹底的に追う連載記事を随時掲載していく。
つか、産科医が今の二倍いればいいような認識からしておかしいでしょ。
投稿情報: ssd | 2007年9 月19日 (水) 19:34
昨晩のTBSのニュースで、医師不足など産科医療の窮状が紹介されていました。
突っ込みは浅いですが、「たらい回し」報道以降、初めて医師側の視点も入れた報道だったように思います。
こうした報道が、これだけで終わってしまわないように願いたいものですが。
投稿情報: chibitama | 2007年9 月20日 (木) 00:21