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(投稿:by 僻地の産科医)
読売ウィークリー 2007年9月30日号 9月15日(土)発売
新シリーズ「医療砂漠」を行く 第1部・産科
千葉、奈良だけじゃない
お産難民50万人時代
産院「空白」地図
なぜ横浜の妊婦がへりで千葉・鴨川へ
悲劇は再現か「打つ手なし」の奈良
「全国最悪」埼玉の実態
今、離島は? 北海道・利尻島ルポ
ちなみに神奈川県の現状について、ことらでもレポートされています。
神奈川事情
新小児科医のつぶやき 2007-09-15
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070915
また、神奈川県のHPには産科取扱い施設数と産科医数がでているそうです!
分娩取扱い施設数
15年度 16年度 17年度 18年度 19年度
病院 74 77 78 73 67
診療所 80 79 74 58 55
助産所 27 28 27 29 31
計 181 184 179 160 153
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分娩取扱い施設に勤務する常勤医師数
15年度 16年度 17年度 18年度 19年度
病院 321 321 317 322 314
診療所 113 110 107 90 90
計 434 431 424 412 404
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産科医療及び分娩に関する調査結果について
http://www.pref.kanagawa.jp/press/0707/129/index.html
http://www.pref.kanagawa.jp/press/0606/26055/index.html
千葉、奈良だけじゃない!全国で“お産難民50万人”へ
3県産婦人科医会協カ、
本誌独占「首都圏“産科過疎地”」マップの衝撃
(読売ウィークリー 2007.9.30発売号 10-16)
台風通過から一夜明けた9月8日午前11時30分。太平洋の浜辺に面した亀田総合病院(千葉県鴨川市)前の救命救急ヘリポートに、医師が同乗して妊婦を搬送してきた「ドクターヘリ」が爆音をとどろかせて飛来した。
「来たぞ!」
帝王切開手術を終えたばかりで、薄緑色の手術着のまま駆けつけた鈴木真・産科部長が曇り空を見上げた。
運ばれてきたのは20歳代の妊婦。妊娠32週の切迫早産のため、千葉県浦安市の病院からNICU(新生児集中治療室)などが整備された総合周産期母子医療センターに認定された同病院に移されたのだ。直線距離で約60キロだが、飛行時間はわずか20分だ。
待ち受けていた鈴木部長らは、ストレッチャーに妊婦を乗せ、病院2階の手術室に直行した。即座に緊急の帝王切開手術が始まった。搬送元の病院から同行した女性医師も手術室に入り、妊婦に付き添った。
「赤ちゃん、顔を出したよ、頑張って」
執刀医が妊婦に声をかける。数分後、手術室に「オギャー」という泣き声が響いた。1444グラムの赤ちゃんの口に酸素マスクがあてがわれた。お母さんのほおに涙が流れた。約70分後に手術は終了。鈴木部長は、さすがにホッとした表情で、「順調でした」。同行の女性医師も、「ヘリに乗ったのは初めてでしたが、陸路なら2時間以上かかるかも。緊急時にすぐ対応していただき、助かりました」と声を弾ませた。
神奈川県からも空飛ぶ妊婦
2年前に総合周産期母子医療センターに認定された亀田総合病院には、神奈川県や千葉の都市部などから、毎月のように妊婦を乗せたドクターヘリが飛んで来る。切迫早産や破水に直面した妊婦たちだ。鈴木部長は、「ウチで受け入れると回答すると、相手の医師は『良かった』『助かった』と安堵と喜びの声を漏らしますね」
と話す。亀田総合病院は、2年前の認定以来、ヘリによる妊婦搬送を42件受け入れているが、なんと、そのうち9件が東京湾を隔てた神奈川県からだ。神奈川県内の妊婦に緊急事態が起きた場合、県内で搬送先が見つからなければ東京都内を探す。そして千葉県や静岡県の医療機関にも打診していく。2-3時間電話をかけ続けて20か所以上に断られ、「わらをもすがる思い」での受け入れ要請が、亀田総合病院に来たこともあったという。特に妊娠25週までの場合、胎内の赤ちゃんは数百グラムの未熟児。受け入れ先は総合周産期母子医療センターか、それに準ずる地域周産期母子医療センターなどに限られる。千葉県内はもとより、神奈川県の医師にとっても、いわば最後の「駆け込み寺」となっているのだ。救急車を使った場合、東京湾アクアラインを越えて、神奈川県西部からなら約3時間、横浜市からなら1時間30分かかるが、ヘリ搬送なら、神奈川県からでも約20分で着く。遠隔地から搬送され出産した母親たちは、その後が大変。赤ちゃんが未熟児で引き続き入院するとなると、母親や家族がお見舞いに通うのも一苦労だ。
鈴木部長が顔を曇らせる。
「横浜市からヘリ搬送されて出産した後、3時間かけて週2回、赤ちゃんに会いに来ていた人がいました。肉体的、精神的、金銭的負担は大変だと思いまいます。集中治療後に状態が落ち着けば、できるだけ、地元に戻って出産してもらうようにしていますが……」
都市型「産科崩壊」
神奈川県の妊婦が千葉県に搬送されてくるのは、産科医不足が深刻化しているからだ。横浜、逗子、鎌倉。全国の人々が住みたがる「憧れの街」が多い神奈川県だが、妊婦にとって住みやすい土地ばかりではない。右往左往しながらお産のできる施設を探し回る状況に陥りかねない"産科過疎地"が急拡大しているのだ。
日本産婦人科医会は、将来の“お産難民”を50万人と試算しており、都道府県の産婦人科医会も実態調査を急いでいる。こうした状況に危機感を募らせてきた神奈川県産科婦人科医会の八十島唯一会長は、埼玉、茨城県の医会とともに本誌の呼びかけに応じ、県内市町村別のお産ができる病院、診療所数などのデータを提供。12~16頁(下記)に掲載した本誌作製“産科過疎地”マップが完成した。「危機的」(赤色)、「厳しい状況」(黄色)、「比較的余裕がある」(青色)の色分けは、各県の医会の判定によった。産科医不足が叫ばれるなか、危機の状況がひと目でわかるこの種のマップが作られるのは、これが初めてのことだ。
八十島会長は神奈川県の状況を「都市型の産科崩壊」と形容する。その実態を、お産の現場で探ってみた。
妊娠6週目で産院探しを始めた横浜市在住の新堀玲子さん(38)は言う。「妊娠6週目が出産予約の分岐点で、7週目だと『アウト』と言われ、厳しいお産環境をヒシヒシ感じています。私白身、あちこちに電話をかけて探しましたが、『今、待合室に待っている妊婦さ
んがいるので、今からでは間に合わないかも』とか『あと2席』と言われ、かなり大変でした」
生理が1週間遅れたら産院探し「まるで受験競争」と指摘するのは、出産ジャーナリストの河合蘭さんだ。
「第1、第2、第3希望と調べて産院の席取り競争をしている妊婦さんたちもいて、生理がー週間遅れたら勝負どころ。妊娠前から地元の情報を集めないと勝ち抜けません。早期に妊娠がわかる不妊治療中の女性、用意周到に計画妊娠する高齢出産の人、ママ友達で情報交換している経産婦がいち早く人気産院や助産所を確保します。情報に乏しい初産婦や働いている人は『負け組』に回りがち。そうなると自宅から遠く、不本意な施設に通うしかありません」
人気産院の一つ、「よしかた産婦人科」(横浜市港北区)を訪ねてみた。うす茶色の瀟洒な5階建ての建物で、ラウンジや待合室も高級ホテルのロビーのよう。マタニティビクスやアロマセラピーなど院内プログラムも充実しており、女性が心をくすぐられるのもわかる気がする。善方菊夫院長は言う。
「妊娠5~6週の人たちでほぼ予約が埋まります。来診者だけでも、毎月20~30人は断り、キャンセル待ちも10人います」
県立足柄上病院(松田町)では、昨年度の1年間、大学医局からの医師派遣が受けられず常勤医が1人になり、月10人に出産取り扱いを制限。県の県立病院課によると、分娩予約申し込みが115人あったため、ハイリスク妊婦15人を除き、63人を抽選で選んだ。同病院副院長らの立ち会いの下、社会福祉協議会関係者らが箱から之ソを引き、「当選者」を決めたという。現在は常勤医が2人体制になったため、抽選は取りやめ、月20人前後を受け入れている。
横浜・横須賀などで「お産難民」年間900人。
2016年には8400人超へ
8つの基幹病院、24の中核・協力病院で周産期救急医療システムを構築しており、一見充実した体制に見える。だが、小田原市周辺、南足柄市など西部と、横須賀市や逗子市など南部の両方から産科崩壊ドミノが猛烈な勢いで倒れ、急速に悪化している。
人口約363万人の政令市・横浜市も厳しい現状だ。栄区で唯一お産を扱っていた横浜栄共済病院は新規のお産受け付けを休止し、区内の出産施設はゼロ。西横浜国際総合病院(戸塚区)も産科休止中だ。産科の相次ぐ減少を受け、横須賀・三浦地区と、戸塚区、旭区など横浜西部で各315人の「お産難民」が発生、港南区、金沢区など横浜南部に「難民」約400人、青葉区や鶴見区など北部に約530人が流入している。
横浜市病院協会の市内産婦人科データベースによると、9月1日現在で掲載26病院中、来年1月までのお産予約受け入れが「不可」「ゼロ」だったのは10施設。区別に見れば、横浜市の都筑、泉、西、南、港南、磯子、栄の7区では厳しい状況だった。人口137万人を擁する川崎市も、麻生区、幸区でお産をできる施設がない。里帰り出産も難しくなりそうだ。
県産科婦人科医会の調査によると、今年8月時点で産科医数は438人で、昨年に比べ9%(38人)減少。同会の八十島唯一会長は、「予想をはるかに超えるハイペースの産科崩壊ぶりです」と衝撃を受けている。
昨年4月に県内で初期研修を修了した医師600人のうち、産婦人科を専攻したのは12人で、今年の専攻者に至っては8人しかいない。現役産科医の高齢化もあり、産科医減少は進む一方となりそうだ。
県内で05年に出産を取り扱っていた医療機関186施設のうち、5年後に出産を取り扱うと回答したのが130施設(病院68、診療所62)、10年後になると、119施設(病院68、診療所51)に激減。その結果、出生数の減少を加味しても、5年後に5888人、10年後に8412人の「お産難民」が発生する計算という。同会によると、これを解決するためには、
「年間分娩数が1000件規模の病院を5年以内に8施設作る必要がある」という途方もない結論となっている。
埼玉県
分娩施設、産科医の負荷は全国ワーストワン
日本産婦人科医会の調査によると、出産適齢期の女性が出産できる病院・診療所の数(人口1万人当たり)は、埼玉県が0.98施設でワーストワン(全国平均は1.69)。国の調査でも、医師1人当たりの分娩取り扱い数は268人で、全国最下位だった。産科医の仕事量は極めて多く、「ギブアップ寸前の総合病院もある」(関係者)という。
埼玉県産婦人科医会の今年8月の調査では、県内の産科・婦人科施設は計315施設(病院59、診療所256)あるが、うちお産を扱っているのは112施設(病院38、診療所74)で、全体の36%に過ぎない。柏崎研会長は、
「お産をやめる開業医が相次ぎ、出産の場は診療所から総合病院に移っています。これが勤務医の激務に拍車をかけ、医師が病院を辞めていく悪循環が止まりません。このままでは崩壊してしまいます」
と危機感を募らす。県内の医科大学も、各地の総合病院への医師供給源になりにくい状況だ。
病院が集中しているのは、所沢市、越谷市、川越市などさいたま市周辺の都市部だけ。このうち春日部市立病院、八潮中央総合病院(八潮市)は今年、出産取り扱いを休診とした。人口約710万人の県下でハイリスク妊婦や新生児に対する高度な周産期医療を行う「総合周産期母子医療センター」に認定されているのも、川越市の埼玉医科大学総合医療センターだけだ(東京は約140万人に1施設)。
秩父地域ではお産環境は悪化しており、羽生市、加須市など北東部も状況は非常に厳しい。北部は深谷市にある深谷赤十字病院(地域周産期母子医療センター)が一手に担っている。川口市立医療センター副院長の栃木武一産婦人科部長は、「東西南北の各地域にそれぞれ産科医が25人足りない」と、ため息をつく。
好材料としては、05年から産科を休診していた草加市立病院が今年10月から再開すること、さいたま市大宮区の自治医科大学付属さいたま医療センターが拡充され、来年秋に地域周産期医療センターが設置されることぐらいだ。
ただ、「東京に近いため、県民の危機感は乏しい」との声も聞かれる。県外への里帰り出産も難しくなっており、妊婦の一部は東京などに流れているようだ。
茨城県 分娩施設が半減。半数の市町村で施設ゼロ
国道6号線、JR常磐線に沿って出産を扱う施設が集中しているのが特徴。だが、高萩市、常陸太田市などの県北、水戸市周辺、及び鉾田市、行方市の鹿行地方で施設現象が目立ち、県産婦人科医会によると、県下の44市町村中、半数の22市町村で分娩施設がゼロ。1995年に97(病院37、診療所60)あった分娩施設は、昨年4月時点で50施設(病院24、診療所26)に半減した。お産を扱う産婦人科医も全体の65%にとどまっている。県内で医学部を持つ大学も筑波大学だけだ。
大学の医師引き揚げや医師退職などで、水戸協同病院(水戸市)、水戸総合病院(ひたちなか市)、水戸医療センター(茨木町)、県立中央病院(笠間市)、筑西市民病院(筑西市)、古河赤十字病院(古河市)など総合病院の産科閉鎖・休診が相次ぎ、周産期母子医療センターと単科病院・診療所への二極化が進んでいる。医師1人当たりのお産取り扱い数は176人で、全国平均の141人よりやや多い。千葉や栃木など隣県への母体・新生児搬送は全体の1割を占めるという。
同医会が行ったアンケート調査によると、勤務医の当直は月平均11.2回、オンコール(待機)は同11.9回で、毎月23日は病院に拘束されている計算だ。今後、お産取り扱いをやめる意向の医師は17%、「条件による」が33%。現状のままだと半数がやめてしまう恐れがあり、状況は一層悪化するかもしれない。助産師も228人足りないという。
石渡勇・同医会長は「県にも医師、助産師確保の要望を行っているが、事態は深刻。ここ15年で開業する産科医院は1軒だけだったが、今年は、つくば市と阿見町でそれぞれ開業するのが唯一の朗報」と話す。同医会は昨年からホームページで、各地域の医療機関が出産、妊婦検診、子宮がん・乳がんの検診を扱っているかどうか一覧表で公開しており、里帰り分娩などお産を考えている人には参考になるだろう。
いやー、なかなか壮絶ですね。
また便乗記事を書かせていただこうかと思います。
いつもお疲れ様です。
投稿情報: うろうろドクター | 2007年9 月19日 (水) 01:14
この雑誌、さっそく、昨日買いました。というか、鮮烈でしたね>3枚の地図。これで千葉と東京がそろえば、完璧に産科医の怠慢じゃなくて、行政の怠慢地図の出来上がりですよね。
いずれにせよ、こういう問題にこそ行政の手腕のみせどころだけど・・・なんだか「将来あまる見通し」とか「偏在」でいつまで突き通すのでしょうか。厚生労働省としてはとにかく、一度増やすと減らすのは大変ということですが・・・困った考えですね。
投稿情報: skyteam | 2007年9 月19日 (水) 01:34
どの地図を見ても見事な紅葉・・・こうして図にすると、すさまじい崩壊ぶりがよく分かりますねえ。首都圏ですらこうなんだから。
これでも無策な厚労省、お産難民の悲鳴をなんと聞くのでしょう。これで「少子化対策」をどうこう言うなんて、へそが茶を沸かす話です。
投稿情報: 山口(産婦人科) | 2007年9 月19日 (水) 12:07
横浜市瀬谷区が水色なのが皮肉です。そこは、あの堀病院があるところです。
投稿情報: 麻酔科医 | 2007年9 月21日 (金) 20:03