(関連文献→) 妊産婦死亡 目次 妊娠経過中の脳出血 目次
妊娠中の頭蓋内出血についての論文です。
2症例での発表ですが、両方ともお亡くなりになった例でした。この施設では
「17例の妊産婦死亡例中4例(23.5%)が頭蓋内出血(過去20年間)」
ともありますので、妊産婦死亡例の中では数はやはり多そうです。
症例1が家庭内暴力による脳出血というのが珍しいかもしれません。
症例2では帝王切開後の頭部CT施行となっています。
頭蓋内出血による妊産婦死亡の2例
廣川和加奈 廣村勝彦 堀久美 南宏次郎 宮崎顕
吉田加奈 竹内幹人 鈴木省治 久野尚彦 安藤智子
水野公雄 古橋円 石川薫
(産科と婦人科 2007年 8号 p1002-1005)
はじめに
妊婦が頭蓋内出血を発症することは非常にまれである.しかし,妊産婦死亡に占める割合をみると,13.7%(27/197)が頭蓋内出血による'〕.当院でも1985-2004年の過去20年間に17例の妊産婦死亡を経験しているが,内4例(23.5%)が頭蓋内出血であった.このように,われわれ産婦人科医が頭蓋内出血の妊婦に遭遇する頻度は少なくても,その重篤さのために決して忘れてはならない疾患である.われわれが最近経験した妊産婦死亡例のうち,異なる原因により頭蓋内出血を生じた2例をここに報告する.
症例
症例1は35歳2経妊2経産で,既往歴は特記すべき事なし.家族歴では父に脳出血があるが詳細は不明である.診療所にて妊娠管理をされていたが,妊娠30週4日,自宅で突然意識消失・痙撃発作が出現したため夫が救急車を要請し,当院へ母体搬送された.
搬送時,意識レベルはJCSⅢ一100で,対光反射は消失し瞳孔は散大していた.頭部CT撮影にて著明な脳浮腫,大脳鎌の左側偏移を伴う右急性硬膜下血腫を認めた(図1).母体救命は困難との脳外科医の判断により,児救命を優先し緊急帝王切開術を施行した.児は1,498gの男児で,アブガースコアは1分後8点,5分後7点であった.次いで脳外科医により開頭血腫除去術が試みられたが,術中から脳腫脹が著明となり,手術の続行が不能との判断で,骨弁を置いて手術を終了した.
第12病日に患者は死亡した.
症例2は27歳0経妊0経産で,既往歴は特記すべき事なし.家族歴では母が心筋梗塞であった.A診療所で妊娠管理されていたが,妊娠31週3日の妊婦健診で尿蛋白(+)を指摘された.血圧は124/86mmHgで,浮腫は認められなかった.妊娠33週0日,腰痛のためA診療所に電話相談をしたところ,B病院を紹介された.B病院では,血圧210/120mmHg,尿蛋自(+++),AST205IU/l, ALT196IU/l, 血小板7.8万/mm3を呈し,担当医師はHELLP症候群を疑った.診察中に痙撃発作が出現したため,当院へ母体搬送された.来院時の意識レベルはJCSⅢ-200, 血圧180/102mmHg, AST267IUl, ALT 232IU/l, LDH 1048IU/l, 血小板7.5万/mm3であった.また、間接ビリルビンは1.1mg/dlと高値のため,HELLP症候群と診断した.来院後も母体は痙撃発作を繰り返し,抗痙撃剤投与で対処した. NSTではlate decelerationがみられるとともに細変動も乏しく,児はnon-reassuringの状態であった(図2).
緊急帝王切開術を施行し,1,390gの女児を娩出した.アプガースコアは1分後6点,5分後8点であった.胎盤の病理組織学的検査では梗塞巣が多発(最犬径15mm)しており,臍帯動脈血ガス分析ではpH7,217,BE-11.0mmo1/1であった. 手術が終了し,全身麻酔覚醒中に痙撃発作が再出現したため,抜管せずにCT室に直行した.頭部CT撮影では,左被殻出血,脳室内穿破,著明な脳浮腫が認められた(図3).その後も強直性痙撃を繰り返し,開頭手術は困難との判断で,内科的にICU管理することとなった.
12時間後,血圧低下,瞳孔散大となったため再び頭部CT撮影を施行した.被殻出血は両側となり,脳室内穿破は増悪していた(図4).
第20病日に患者は死亡した.
考察
症例1は,当院で妊婦健診を受けていた妊婦ではなく,また紹介状もなく突然救急車で搬送され,かつ意識消失のため本人からの問診はまったく取れない状態であった.全身を視診すると,顔を含めて数箇所に“あざ”がみられた.また,付き添って来た夫に聴取したところ,「夫婦喧嘩の後に倒れていた」「頭痛を訴えていた」「痙撃発作がみられた」「口から泡を吹いていた」とのことで家庭内暴力が疑われた.頭部CT撮影で急性硬膜下血腫を認めたので,再度夫から聴取し,「暴力を振るっていなかったか」と問いただしたところ,「時々暴力を振るっていた」「咋日,風呂で頭を打った」という発言を得たので,われわれはここで「家庭内暴力」を確信することができた.われわれ産婦人科医は,患者の診察に際してとかく女性生殖器にのみ注意を注ぎがちであるが,意識消失のため本人からの問診が取れない場合には診察の基本にたち返り,全身の視診により外傷の有無を観察し,付き添い者から上手に情報を引き出すことが重要であると思われた.特に付き添い者が加害者の場合には,聞き方の良し悪しで情報収集の成否が左右されるので,細心の注意が必要である.配偶者からの暴力被害者数はここ数年増加傾向にあり2〕3),今後,産婦人科医が今回のような意識レベル低下症例に遭遇することも十分予想される.したがって,急性硬膜下血腫の原因の一つとして,家庭内暴力を常に念頭に置いておく事が速やかな診断・治療に必要である.
症例2のような妊娠高血圧症候群妊婦の痙撃に関しては,教科書的には頭蓋内出血も一つの原因ではある.しかし,これまで痙攣を主訴に当院に搬送された症例,および当院で実際に痙撃を認めた妊婦には,必ず頭部CT撮影を施行してきたが,ほとんどの例で器質的所見を認めず,すなわち子癇であった.したがって日常臨床において,妊娠高血圧症候群で痙撃を起こしている患者に頭部CT撮影は本当に必要なのかという疑問が頭の片隅に常にあった.子癇の場合は妊娠を終結させ,降圧剤・抗痙撃剤を投与すれば,ほとんどの例で改善が認められる.しかし頭蓋内出血で痙撃を生じていた場合,降圧剤・抗痙撃剤に加え脳浮腫・脳圧亢進の予防が予後の改善に重要で,集中管理が必要となる.以上のように治療法が異なるので,頭蓋内出血の有無の確認は必須であり,そのために頭部CT撮影は不可欠であると再認識した.
痙撃・意識消失など脳障害が疑われる場合は,可及的速やかに頭部CT撮影を施行し,原因を追究することが肝要である.もっとも頭蓋内出血と診断された場合の母体予後はきわめて厳しいが,近年増加している医療訴訟に備えるためにも早期診断が不可欠と考えられた.
1)鮫島浩:脳出血による妊産婦死亡実例の検討.平成8年度厚生省心身障害研究報告書:118-120.1996.
2)内閣府:夫・パートナーからの暴力の実態.平成17年版男女共同参画白書:77-80.2005.
3)厚生労働省:配偶者からの暴力の現状.平成17年版厚生労働白書:234.2005.
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