加齢と妊娠リスク 目次
不妊治療と高年妊娠 ぽち→
清水 郁也 繁田 実
(臨婦産61巻1号・2007年1月 p63-67)
はじめに
生殖年齢の高齢化は少子化とともに不妊治療の増加をもたらし,さまざまな問題のもとになっている.本稿では,文献をもとに不妊治療と高齢妊娠の関連について述べる.
晩婚化に伴う少子化と不妊率の増加
合計特殊出生率の減少は,結婚行動(晩婚化・非婚化)と出生行動(夫婦が持つ子供の数)の変化という2つの要因によるが1980年代には主に未婚者の増加が,1990年代には出生行動の変化が出生数を抑制してきたものと考えられている.
しかし,晩婚化は現在も着実に進んでおり,初婚の平均年齢をみると女性は1980年の25.2歳から2005年の28.0歳に上昇,20~24歳の女性の初婚率は1975年以降低下し続ける一方,30歳台の初婚の割合は上がり続けており,1990年以降著しい1.2).
晩婚化は,出生数の減少のみならず,不妊患者を増加させる要因になっている.Menkenら3〕は,避妊を行わない場合の自然妊娠率は女性の年齢が30歳以上で低下し,35歳以上で著しくなる傾向が,複数の集団で同様に認められることを示している(図1,表1).
加齢によって妊孕性が低下する原因としては,
(1)性行動の減少
(2)卵巣予備能の減少
(3)透明帯の変化や染色体異常などの卵・胚の異常
(4)子宮・内膜の因子
などが報告されている4).
不妊因子を持たないカップルを対象にした最近の調査では,年齢が高くなるにしたがい,不妊症が増加するというよりは妊娠率が減少し,妊娠までに要する期間が長くなることを示している5).以上,年齢が上がると妊孕性の低下,不妊症の増加が起こることは確かであり,35歳以上では不妊症の初期治療が成功しない場合,早い時期に体外受精(以下,IVF)などの生殖補助医療(以下,ART)を考慮することが勧められることになる6〕.
年齢別にみた不妊治療の現状
当院と同じ医療法人に属する不妊専門施設である府中のぞみクリニックにおける平成15年5月より平成18年3月までの不妊症患者2,270名について,体外受精や顕微授精(以下,ICSI)と一般不妊治療に分けて集計し,図示した(図2).
患者年齢の平均は一般治療で32.2歳,ARTでは34.6歳で,ART患者はより高年齢であった.また,いずれの治療でも34歳まで妊娠率・流産率に大差はないが,35歳以上になると妊娠率の低下とともに流産率が高くなり,40歳以上でより著しかった.すなわち,35歳以上では,年齢とともに不妊率の上昇,治療成績の低下,流産率の上昇の因子が重なって,生児を得る可能性が低下するといえる.
不妊治療と妊娠予後,年齢との関係
不妊症と高齢のリスクをともに関係づけて述べている文献は少ないため,それぞれに関連するリスクのうち,共通するものを主に述べる.
1.不妊治療・高年齢と周産期リスクの関連
一般に不妊治療で母児のリスクが高くなる要因として,多胎,母体年齢,初産率などが挙げられる.しかし,最近のメタ解析ではこれらの因子の補正後も,IVF後妊娠では自然妊娠に比較して周産期死亡,早産,低体重児,極小低体重児,SFDの相対危険度が有意に高かったとしている(表2)7〕.
Shevellら8〕は前方視的多施設調査により排卵誘発の予後も調べているが,排卵誘発で常位胎盤早期剥離,24週以上の胎児死亡,妊娠糖尿病が,IVFで妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧,常位胎盤早期剥離,前置胎盤,帝王切開が自然妊娠に比較して多く,胎児発育不全,染色体異常,胎児奇形の増加はなかったと報告している(表3).
原因としては,不妊治療操作と,不妊症そのもの(例えば糖尿病とPCOSの関連など)が考えられるが,明らかにされているものは少ない.なお,CDCではARTのサーベイランスのなかで,低体重児,早産,早産低体重,正期産低体重などの周産期リスクと年齢を含めた母体因子の関連について集計しているが,リスクの頻度に母体年齢はあまり関連なく,凍結胚か非凍結胚か,出産歴の有無などがより強く関連するという結果を報告しており,ARTによる周産期リスクが母体年齢とは別の因子として存在することを支持するデータと考えられる9).
一方,Williams産科学10)では,35歳以上の妊娠で増加する妊娠異常として,高血圧,糖尿病,常位胎盤早期剥離,早産,死産,前置胎盤などを挙げているが,報告によって差が大きく,社会的経済的条件によるライフスタイルやヘルスケアの違いによるとしている.また,母体年齢による胎児リスク増加の要因としては,高血圧や糖尿病などの母体合併症ゆえに行われる人工的早産や自然早産,母体の慢性疾患や多胎による胎児発育障害,染色体異常,そして生殖補助医療の影響を挙げ,早産による児の疾患や神経学的後遺症の多くが不妊治療による多胎に関連するものであると述べている.
以上,不妊治療と高年妊娠が増加させる周産期リスクには共通点も多く,高年妊娠のなかには不妊治療の率が高いゆえに上がるリスクも少なくないと認識されている.
2.多胎
わが国でIVFが行われ始めてから三胎以上の多胎が急激に増加したが,移植胚数を3個以内にすべきとの日本産科婦人科学会会告(!996年)以来,四胎以上の出産は激減した.しかしながら,双胎は増加し続け,三胎も減少していない11).
高年齢は不妊治療の頻度の高さにより多胎の増加因子となるが,ARTの集計内でみれば,年齢の増加とともに妊娠率は低下し,多胎の発生率も低下する9).不妊治療による双胎は主に二絨毛膜性双胎であり,TTTSや一児死亡などによる危険性の高い一絨毛膨性双胎に比べ比較的予後はよいが,単胎に比べれば早産や妊娠高血圧症候群などが多いことはいうまでもない.
3.染色体異常
ICSI後の妊娠では児の染色体異常が増加するとの報告が多い.Bonduelleら12〕によれば,出生後診断を受けたICSI後妊娠1,586例のうち,denovoの染色体異常1.6%(母体平均年齢33.5歳)で,対照の0.5%より有意に多く,主に性染色体異常の増加が寄与し,染色体異常例には精子の濃度と運動性が強く関連していた.遺伝性の染色体異常も有意に多く(1.4vs.0.3~0.4%),主に父親に由来するものであったと報告している.原因には,ICSIを必要とする患者白身の体細胞あるいは生殖細胞における染色体異常と,ICSIそのものに由来する機序が関連すると考えられている13).
母体年齢とともに染色体異常が増加することは周知の事実であるが,ICSIの場合,母体年齢以外の原因が加わってさらにリスクが上がるといえる.なお,多胎では染色体異常のリスクが上がることが報告されている.一般に,染色体異常の頻度が検査の侵襲による胎児リスクを上回る35歳以上で染色体異常の出生前診断が考慮されるが,単胎の35歳での染色体異常の頻度は双胎では31歳に相当するという報告がある.原因に不妊治療がどの程度関与しているかは不明であるが,主要な因子ではないであろうと述べられている14).よって,ACOG15)では,染色体検査を考慮する年齢として双胎妊娠では33歳以上を呈示している.ただし,双胎における羊水穿刺の技術的な難しさや,一児に異常が発見された場合の対応など,技術的かつ倫理的な問題を伴うため,カウンセリング,検査ともに1虞重な考えと熟練が要求される.
不妊治療後妊娠における心理的側面と育児支援
不妊治療による精神的・肉体的負担に加え,高年齢と不妊治療に由来するリスクを抱えて妊娠・育児を経過することが,妊婦の心理や育児に影響を与えるのではないかと懸念することは多いものと思われる.妊娠・出産が最大の目標になることによって育児に生じる問題はないか,長年の不妊
の結果,家族や親族からの過剰な期待によるストレスがないか,いわゆる貴重児であるという意識が育児不安を生んでいないか,多胎出産後の援助体制は整っているか,などの問題を当院でも想定し,個別の状況を把握しつつ育児支援に当たっている.
しかしながら,今回検索した限りこの問題を客観的に論じた文献は少ない.塩川ら16)は症例呈示と文献に基づいて不妊治療後の育児支援について考察しているが,不妊治療後もおおむね良好な家族関係と児の精神運動発達を支持する報告が優勢である反面,不妊治療に伴う身体的,精神的な困難が存在することは明らかであり,不妊と育児にかかわる疑問を社会文化的な側面も踏まえて調査検討し,育児支援の戦略を立てていく必要があると述べている.日常の診療における精神や育児のサポートには,主観や先入観が入りやすいものと思われ,客観性と確かな方法論に基づいた調査・研究が望まれるところである、
おわりに
不妊治療は高年妊娠と密接に関連し,ともに周産期のリスクを増加させる因子となっており,共通するリスクが多い.これらのリスクを認識しつつ診療に当たることは重要であるが,リスクに対する対応は通常の産科管理の指針と異なるものではない.また,精神的なサポートや育児支援においては,先入観にとらわれることなく,リスクに応じた個別のきめ細かな対応が重要と考える.
文献(略)。ごめんなさい。本物みてください。
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