私自身はしずかに、
転院断られ死亡の妊婦、詳細な診療情報がネットに流出
勤務医 開業つれづれ日記 2007-05-01
http://ameblo.jp/med/entry-10032285348.html
の件で非常に読売新聞に関して、強い不信感と憤りを感じていますが、
やはりいい記事はいいと評すべきかとおもいます。
またこの記事の取材先は、大好きなブログの一つばみゅ先生です。http://ameblo.jp/sanfujinka ブログの宣伝してくんねっかな、とおっしゃっていたので(笑)。(十分人気ブログですよ..。*♡)
さて、読売新聞の連載をどうぞ!
医の現場 疲弊する勤務医 (1)「医師逮捕」心キレた
2007年4月30日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/feature/20070501ik0e.htm
勤務医の劣悪な労働環境をどうするのか。厚生労働省は、患者の流れを整理し、病院の負担を軽くする「総合科」創設構想をまとめたが、医の現場では、医師不足に医療事故への不安が重なり、崩壊寸前の所もある。
勤務医の現状を追う。
ミスの不安と激務女医辞める
「精いっぱいやっても患者が亡くなれば逮捕。これではやっていけません」
昨年夏、公立病院に勤務していた一人の女性産婦人科医(42)が、そんな理由で医療現場を去った。月6回の当直日は翌日夕まで32時間の連続勤務。仕事の合間にコンビニエンスストアのおにぎりをかじり、睡眠不足のまま手術することも。たまの休日でも呼び出しがかかる。スタッフ削減などで仕事は増える一方だ。
体力の限界。この生活がいつまで続くのかという不安。
燃え尽きる直前の女医に、白衣を脱ぐ決断をさせたのが福島県で起きた「大野病院事件」だった。
「逮捕・起訴の時に殺到した医療関係者からの抗議のメールや投書が1年以上たった今も続いている。こんなことは初めてだ」。福島地検の幹部はそう明かす。
福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、医師が逮捕・起訴された事件は、医学界に空前の反発を巻き起こした。昨年2月の逮捕以降、捜査を遺憾とする陳情書の署名が、全国の病院勤務医を中心に1万2000人にも及んだ。
「病院の産婦人科を支えるたった一人の医師をこんなふうにつぶしてしまえば、地域医療は崩壊する」。医学会や医師たちの会合、医師個人のブログで、そんな声があふれる
「医療に刑事罰はなじまない」とも。
欧米では、捜査当局ではなく、第三者機関が原因を調べる方法が一般的なのに……。そんな考えが背景にある。
今月27日、福島地裁で開かれた医師の第4回公判。「癒着胎盤の処置で過失があった」とする検察と、「できる限りの施術を尽くした」とする被告の主張は真っ向から対立したままだ。
警察庁によると、医療事故で、医師が業務上過失致死容疑で逮捕されたのは大野病院事件が4件目。最初は1988年、鹿児島県で研修医が造影剤を脊髄(せきずい)に誤注射して患者を死亡させた事件だったが、当時、この逮捕は注目されなかった。
分岐点は、1999年の横浜市大病院の患者取り違え事故。逮捕はなかったが、医療不信が燎原(りょうげん)の火のように広がった。その後も医師が腹腔(ふくくう)鏡手術で60歳患者を死亡させた慈恵医大青戸病院の事件(2003年)など、医師逮捕が続く。だが、過酷な労働実態の問題は棚上げされ、むしろ悪化した。医師の反発は今、臨界点に達した感がある。
今年2月、妊娠10か月の母親が東京都内の病院に担ぎ込まれた。異常妊娠で男児は死亡していたが、産婦人科医(35)は母親の命を守るため陣痛促進剤を使い、出産を支えた。「助けるよ。心配しないで」。十数時間の格闘で、医師は母親を励まし続けた。
翌日、両親は男児の病理解剖を望んだ。「原因が分かれば他の赤ちゃんが救われる。でも顔は傷つけないで」
が、その後の病院の対応が両親との信頼関係を壊す。大野病院事件の医師は異状死体の届け出義務違反でも立件されたが、この二の舞いを恐れた病院側が警察に連絡したのだ。警察官の姿を見た父親が叫んだ。「なぜ警察を呼ぶの?(司法解剖で)顔も切るの? 僕の赤ちゃんだよ」
4か月以上の胎児は異状死の届け出対象になりえるが、その判断基準はあいまいなまま。
この時は司法解剖は見送られたが、両親には病院への不信感が残った。
格闘の末、母親の命を救った産婦人科医は月に8回以上の当直をこなしていた。彼は悔しそうに話す。
「患者さんからの『ありがとう』の一言さえあればやっていけるのに。今はその関係さえ揺らいでいる」
大野病院事件のショックで産婦人科医を辞めた女性は今、化学会社の専門職として働く。「改善の取り組みがなければ、踏みとどまっている元同僚たちも、遠からずいなくなります」
医の現場 疲弊する勤務医 (2)患者の「院内暴力」急増
2007年5月1日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/feature/20070501ik10.htm
苦情対応信頼回復の試み
患者が病院に寄せた意見や苦情。スタッフの対応や待ち時間の長さに関するものが多い 「おれの親を殺す気か」「お前ら、謝れ」
今春、関東地方の病院の面談室。末期の入院患者の息子が主治医や看護師を相手にどなり声を上げた。
会社勤めの息子は「普通の人」に見えたが、入院時に窓口に伝えた容体の変化が主治医に正確に伝わっていなかったことを知ると、態度をひょう変させた。
面談室の扉の側に息子ら家族を座らせたため、医師たちは出口をふさがれた形になった。3時間近く罵声(ばせい)を浴びた末に土下座を強いられた。精神的ショックが尾を引き、何人かが数週間、職場を休んだ。
病院は刑事告訴も検討したが、医師たちは「もう思い出したくない」と拒んだ。
最近、医師や看護師が患者から暴言を浴びるケースが増えている。医療現場でそんな声を聞いた北里大医学部の和田耕治助教らが昨年、病院の臨床医485人を対象に調査したところ、
過去半年間に患者の「暴言」を受けた医師は25・8%に上った。「暴力」を受けたケースも3・1%あった。
看護師への暴言・暴力は、医師へのそれよりも、はるかに多いとも言われている。
「コード・ホワイト!」。カナダ・モントリオール病院(417床)では、こんな放送が頻繁に流れる。患者の暴言、暴力への緊急対応を意味し、心肺停止などの緊急事態を示す「コード・ブルー」に次いで放送頻度が高い。
体格のいい看護助手ら5人のチームが現場に駆けつける。興奮する相手との交渉術、けがをさせずに押さえつける技は研修で習得済みだ。
「カナダでも医師不足は深刻。職員を大切にして離職を防ごうという発想」と担当者は説明する。
ここまで徹底はしていないが、日本でも医師や看護師を守る動きが出ている。
医療安全対策の先進病院とされる千葉県の船橋市立医療センター。昨年度に院内で起きた暴力・威圧、不審者侵入などの事件は17件で、4年前の3倍に増えた。関係機関と連携して対策マニュアルを作り、4月下旬には「ノーバイオレンス 暴言・暴力お断り」のポスターを張った。
「院内暴力」が頭をもたげる背景について、同センターの唐沢秀治・医療安全管理室長(副院長)は、こう分析する。
「医療とは『最善の行為は保証するが、最高の結果まで保証するものではない』ということが社会で理解されずにきた。病院も、患者の苦情への対応がはなはだ不十分だった」。
そこへ押し寄せた医療不信の波。
今の医療現場は「立場の違う者を思いやれない現代社会の縮図」だと唐沢室長は指摘する。
失われた信頼関係を取り戻す試みも始まっている。
4月中旬、東大病院の喫茶店で、血液がんの患者ら約20人と医師3人による「院内患者会」が開かれた。この日の話題の一つは骨髄移植。
「生存率のデータなど知りたくない。『治してあげる』の一言でいい」。患者のひとりが苦しい胸の内を明かした。医師も本音で返す。
「100人中99人が助かっても、1人が悪くなったら医師の責任にされる。そんな時代なんですよ」
東京・葛飾の新葛飾病院で、豊田郁子さん(39)がセーフティーマネジャー(安全管理担当者)として働くようになったのは、4年前に別の病院のミスで5歳の息子を亡くしたことがきっかけだった。今、全国の病院で年間50回ほど自分の体験を語っている。最近気がかりなのは、講演先で知り合った医師や看護師の生の声が両極端に分かれていることだ。
「患者さんは医療上の過失を責めていたのではなく、我々の不誠実な態度に怒ったのだと気づきました」。こう話す人が増えた一方、「クレーマー(不当な要求をする人)ばかり。我々こそ被害者」という人も。
「今は過渡期。患者と向きあう努力を重ねる病院はきっと支持され、残っていくはず」。豊田さんはそう思っている。
参加した医師はこう言った。「十分な時間さえあれば私たちは分かりあえる」
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