第27回日本医学会総会ハイライト・第二回
医師,医療に対する社会の理解が必要
メディカルトリビューン 2007年5月17日 p25
医師不足が止まらない。特に,患者の生命と直結する産科,小児科,麻酔科,救急科などで顕著であることから,問題はより深刻だ。医師のQOLを含め,どのような点を改善していくべきなのか。パネルディスカッション「日本の医療クライシスー産科,小児科,麻酔科、救急医療と医師のQOL」(座長=東京慈恵会医科大学産婦人科学・落合和徳教授,慶鷹義塾大学麻酔学・武田純三教授)で,各科の医師不足の現状と打開するための方向性が示された。
需要に基づき分野ごとの養成を
医師不足の原因は何なのか。新臨床研修制度の導入,国立大学の独立法人化などが指摘されているが,国立長寿医療センターの大島一総長は基調講演のなかで,より根本的な因として「わが国には,最も重要な医療資源である医師を,その時代に国民が求めている医療需要に基づいて養成,配置していこうとするグランドデザインがなかった」と指摘した。
同総長によると,従来,医師の育成や地域医療機関への派遣は各大学の医局が担ってきたが,大半の医局は,時代や地域の医療需要に基づいた医師の育成,配置を行ってこなかった。ところが,大学は本来,教育,研究,診療を目的とずる場であり,医局にはもともと医師派遺の責任はない。ましてや,適正な配置を考慮した医師の育成,配置によって地域医療を守っていくといった義務も課せられてはいない。医師不足の問題は,このような「わが国の医療体制における構造的な矛盾が臨界点を超えて噴出してきたものだ」と同総長は見る。「医師は公共の資源であり,国民の共有財産であるという認識に立つことがスタート。そして,1O年後,20年後の医療事情について正確に調査,分析し,それに見合う医師を分野ごとに養成していくことにより,量的,質的な医師の確保が可能になる」と述べた。
さらに,医師のQOLを向上させるために,待遇を改善していくことは大事だとしながらも,医師のQOLは基本的に「よりよい環境のなかで,よりよい精神・身体状況で自らの職能を存分に発揮し,患者さんから納得,感謝されることによる使命感の達成にある」と指摘。病院がリスクの高い場所であることを国民に理解してもらうなど,医師が患者との間に良好な信頼関係が構築できるような社会環境の必要性を訴えた。
~産婦人科~
既に崩壊のプロセスに
医師不足が最も緊迫化しているとされるのが産婦人科領域だ。日本産科婦人科学会の理事長を務める東京大学大学院産科婦人科学の武谷雄二教授(病院長)は 「既に危機を超えて崩壊のプロセスに入った。海外からも動向が注目されている」と述べた。
同教授によると,最近5年間,わが国の医師総数は直線的に増加しているが,産婦人科医だけは年々減少している。2004年までの1O年間の減少率は1O%近い。減少傾向は特に新臨床研修制度導入以降いっそう顕著となり,なかでも男性医師の減少が目立つ。現在,1産科施設当たりの産科医数は平均2.6人。5県では1人で対応している施設が30%を超えている(2006年調査)。
減少の原因は,
①医療訴訟が多い
②勤務が過酷
③労働とその対価のアンバランス
④医師の高齢化
⑤女性医師の増加(女性医師の場合,出産,育児などを考慮し,実稼働人数を半分に算定することがある)と男子医学生の逡巡(マスコミ報道などにより「女性医療」にかかわろうとする男性医師が肩身の狭い思いをしている)―が挙げられるという。
産科医療を中心的に支えてきた医師の年齢が60歳を超えていること,若年層では女性が3分の2を占めていることから「産婦人科医の安定供給は今後ますます困難になる」と同教授。対策の1つとして地域産科施設の集約化が叫ばれているが,「現状で集約化を行うと、そこに高リスク例が集中,仕事量が増えて逆に人員が減少する。集約化の音頭を取る者もいない」と懐疑的だ。現在,対策として最も必要なのは,産婦人科診療の特殊性(診療リスクが高いなど)に関する社会の理解とともに,医療訴訟に対する大所高所からの適切な判断を求めることである。
「医療はもはや医師個人レベルの良否を問うような単純な構図ではない」と述べた。
~小児科~
集約化決定は18府県にとどまる
小児科医療も産婦人科と同様の厳しい状況に至ろうとしている。最大の問題はやはり医師不足。日本小児科学会前会長で東京慈恵会医科大学小児科学の衛藤義勝教授によると,わが国ではもともと欧米に比べて小児人口当たりの小児科医数が少なかったが,近年の入局者数の減少に伴って不足に拍車がかかった。
入局者の減少に大きく影響しているのは小児科医のQOLの低さ。日本小児科学会が2005年に小児科勤務医を対象として行ったアンケートで,1か月間に5日以上休日のある医師は1O%程度。20%近くが休日ゼロ。労働時問は週平均61時間。週65時問前後にも及ぶ20~30歳代では特に疲労度が高く,満足度は低い。このため開業志向が強く,多くの病院小児科で欠員状態が続いている。
現状を打開するため,日本小児科学会は入院小児医療提供体制の集約化などを進めてきた。しかし,集約化が決定,推進さオ1しているのは18府県(38%)にとどまる(図1)。同教授は,何より小児科医の確保が不可欠だとし,そのためには
①大学における母子センター化や小児病院の建設
②病院小児科の採算性確保
③女性小児科医の労働環境の整備
④初期研修制度の改革(小児科を基本科目に)
⑤小児科医のQOL向上一などを図る必要があると強調した。
~麻酔科~
需要増による相対的な医師不足
麻酔科医不足も深刻だが,その背景は産婦人科や小児科とは異なるようだ。日本麻酔科学会理事で岡山大学大学院麻酔・蘇生学の森田潔教授(病院長)は,麻酔科医の需要増が相対的な麻酔科医不足を招いているとした。
麻酔科医の業務は手術麻酔に加え,集中治療,救急医療,痔痛治療などにまで拡大されてきた。このため,麻酔科医数は増加し続けているものの,一度として充足したことがない。都道府県別に見ても,最近10年間で麻酔科医が減少した地域は皆無だ。それでも人口当たりの麻酔科医数は米国の40%にすぎない。同大学麻酔科でも,新臨床研修制度の導入に伴って研修医数は大きく落ち込んだが,2006年以降は回復しつつある。厚労省の調査で,麻酔科、は専門としたい診療科の5位に入っており,人気は高い。こうしたことから,同教授は「供給体制を適切に整えていけば,麻酔科領域の崩壊は避けられるはず」と推測する。
ただし,大学病院では手術件数が1O年前の2倍近くまで増加しているため(図2),多忙による麻酔科医のQ0L低下,研究時間減少が懸念され,解決が望まれるとした。
~救急~
1~2人の救命救急センターが3割
救急医療の現状に関しては,日本救急医学会の理事長を務めた杏林大学救急医学の島崎修次教授が,救急医不足の深刻な実態を報告した。それによると,2005年に日本救急医学会が全国の救命救急センターを対象にアンケートを行ったところ,3割の施設で救急科専門医が1~2人しかいなかった(国の設置許可要件では最低5人)。8割の施設は3人以上不足していた(図3)。また,救急は臨床研修のコア科目の1つだが,救命救急センターのない臨床研修指定施設では,救急科専門医のいない施設が4割もあった。
厚労省の試算(2006年)で示された全国の救急医療施設に必要な救急科専門医は,人口5万人に1人として4,300人。しかし,現在の実数は2,500人弱で,2,000人近く足りない。救急を専門としたいという研修医は2%にすぎず,見通しは暗いが,同教授は
「救急医療は地域医療の要,病院運営の根幹。救急医不足は将来,救命救急センターを崩壊させる可能性がある。行政に対して,救急科標榜による公的・社会的認知,経済面も含めた待遇向上などの環境整傭を求めたい」と述べた。
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